【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

10.

「あなたのこの処遇については、私が提案させていただいたのよ。対応がお決まりなのでしたら、早く行動に移した方がいいのではないでしょうか、と」
 全員の視線が、声の主であるロジーナへと集まった。彼女は手に持っていた扇を広げ口元を隠しながら、三日月のように目を細めた。
「ディオネル様は最初から、あなたとの婚約、そして結婚を拒絶なさっていたわ。それはあなただってよく分かっているでしょう? この三年間、時折会うたびに浮かない顔をしているあなたを、私は励まし、慰めたわよね。アリス、あなたが努力を重ねることで、ディオネル様とあなたの仲が上手くいくのならと思えばこそ、私はあなたを応援していたの。だけど……務めを果たせないのでは、仕方ないわね」
「……ロジーナ……」
 失望と怒りで、低い声が漏れた。
 たしかに、ディオネル様との婚約が決まってから結婚するまでのこの数年間、頻繁ではなくなったにしろ、ロジーナと顔を合わせる機会はあった。彼女からはそのたびに、ディオネル様と上手くいっているのかと尋ねられた。
 ディオネル様の態度が冷たいままであることを、私は彼女にこぼしはしなかった。
 けれど、長年の付き合いだ。私の顔色を見れば、無理して平静を装っていることには気付いていただろう。大丈夫、あなたの誠意と努力は必ずあのお方に伝わるわ、と、ロジーナはいつも女神のような優しい笑顔で、私を励ましていたっけ。
 心が伴っていない言葉であることには、何となく気付いていた。でもまさか、ここまで盛大に謀られていたとは。
 私の顔を満足げに見つめながら、ロジーナは言葉を続ける。
「以前もあなたに話したことがあるわね。ディオネル様も私も、非現実的な伝承なんて少しも信じていないの。たまたまあなたの方が加護の力が早くに開花してしまったものだから、あなたがディオネル様の妃の座に納まったけれど……。やはりこの椅子は、私のものだったのよ。幼い頃からディオネル様と深く想い合っている、この私のね」
「その通りだ」
 ロジーナの言葉を、ディオネル様がすかさず肯定する。
「父王も神殿も、皆どうかしている。こんなにも麗しく慈悲深い、しかもこの王国の筆頭公爵家の令嬢が、この僕と愛し合っているというのに。そのうえロジーナだって、百年に一度とも言われる変革の力の持ち主だ。妃となる条件がここまで完璧に揃っているのに、わざわざ格下の地味な女を強引に僕の妻にするなど……。ずっと嫌でたまらなかった。だが父王は死に、母も王宮を去った。そして今や、全ての決定権を持つのは、新国王となったこの僕だ。異論は認めない」
 そう言うと、ディオネル様は一旦口を閉じ、深く息を吸う。そして、謁見の間に響き渡る声で宣言した。
「王命により、本日をもってアリスティーヌ・エヴァンシアを廃妃とし、ここにいるロジーナ・グリダを新王妃に任命する!」
(……っ!!)
 王命──。
 重臣らが揃う中で発せられたその言葉に、私は頽れそうになった。
 その時、大臣たちの列の方から、弱々しい声が上がった。
「……発言をお許しください、陛下」
 一歩前に出たのは、宰相だった。彼は蒼白な顔で、ディオネル様を見上げる。
「恐れながら、陛下。そのご発言は、あまりにも拙速にございます。王妃陛下は、すでに民たちからの強い信頼を得、その加護の力を大きく開花させておられます。もちろん、我が国がこれほど安定した平和を維持しているのは、前王妃陛下までの妃方が皆様献身的であったことも大きな理由であることは、疑うべくもございません。また、王妃陛下の才覚が優れているためでもございましょう。……ですが、加護の力とは、目に見えぬもの。我が国の現在の豊穣や、疫病のなさ、安定した治安、そして外交。それらのどこまでが人の才によるものか、どこからが加護の力の作用によるものか。その境目は、誰にも判別はできませぬ」
 ディオネル様の口元が、ぴくりと痙攣した。ロジーナも彼とともに、宰相を睨みつけている。
 すると、グリダ公爵が、しゃがれた野太い声を発した。
「言葉がすぎますぞ、宰相殿。王命に異を唱えられるおつもりか」
 けれど、額に大粒の汗を浮かべた宰相は、口を閉じることなく懸命に訴える。
「現在この均衡の中心におられる王妃陛下を国外へお送りすることは、あまりにも危険が大きいご判断かと存じます。ましてや……グリダ公爵令嬢の加護の力が、王妃の座に就いたところで必ず開花するという保証も……」
 その時、ディオネル様が彼の言葉を遮った。
「もういい、宰相。その言葉はこの数日間、吐き気がするほど貴様らから聞かされてきた」
 宰相をはじめ、立ち並ぶ大臣たちもが、揃って肩を揺らす。どうやら私の知らないところで、この議論は何度もなされていたようだ。皆の気苦労がありありと分かる。
 宰相の決死の進言は、ディオネル様には届かなかった。彼はいとも簡単に、信じがたい言葉を口にしたのだ。
「宰相。貴様は王であるこの僕にこれほどしつこく逆らい、王命に異を唱えたのだ。であれば、その地位はもう不要だな。貴様の代わりなど、いくらでもいる」
「な……っ! へ、陛下……!」
 弾かれたように顔を上げた宰相が、愕然とした表情でディオネル様を見つめる。彼はその視線を受け止め、冷酷に宣言した。
「貴様は解雇しよう。貴様の家族も、今後一切王宮への出入りを禁ずる。二人の息子は、それぞれ近衛騎士と文官だったか。奴らも当然罷免だ」
「お待ちくださいませ! ディオネル様……!」
 私は咄嗟に口を挟んだ。全員の視線が、私に集まる。
 縋るように私を見る、宰相の目。それを束の間見つめ返しながら、私は必死で頭を回転させた。どうにか王命を取り下げさせることはできないだろうかと。
 けれどすぐに、それは不可能だと判断した。そんなことが今この場でできるくらいなら、大臣たちが苦言を呈した段階で止められていたはずだ。
 ディオネル様とロジーナの、互いに対する長年の想いが強固なものだからこそ、二人は今玉座に座り、こちらを見下ろしているのだ。
 いつからかは知らないが、ずっと秘密裏に計画していたのだろう。病を患っている前国王陛下が崩御なさった暁には、口出しさせぬよう前王妃陛下を王宮から追い出し、この私を廃すると。
 私は無意識に、胸元のペンダントを握りしめる。
 神殿での儀式の際、私にこのペンダントを着けてくださった前王妃陛下の言葉を思い出す。
『頼みましたよ、アリスティーヌ』
 その言葉に込められた、真摯な想い。前王妃陛下は私の力を信じ、王国全ての民たちの幸せを私に託してくださったのだ。役目を退くその日まで、私は全力で公務に臨むつもりでいた。
 それなのに、あれからたったひと月で、私はその役目を放棄させられるのか。
 前王妃陛下も、どれほど失望されることだろう。
 だけど……私に選択の余地はなかった。
 このままではディオネル様はますます暴走し、ご自分を正しく導いてくれるはずの臣下たちを、根こそぎ切り捨ててしまうかもしれない。そうなれば、この王国の未来はどうなることか。
 ゆっくりと目を閉じ、息を吸う。苦渋を押し殺し、私は覚悟を決めた。
「……承知いたしました。このアリスティーヌ・エヴァンシア、王命に従い、オルセリエ王国へとまいります。ですからどうか、宰相をはじめとする大臣たちの処遇は、このままで」
 そう言って顔を上げた瞬間視界に飛び込んだのは、弾かれたようにディオネル様の方を向く、ロジーナの輝く笑顔だった。
 ディオネル様もまた、そんなロジーナに嬉しそうな笑みを返している。
 彼は大臣たちや私を見渡しながら、はっきりと宣言した。
「決まったな。では早速、神殿にてアリスティーヌからロジーナへ、加護の力を移すための儀式を行う。……ああ、心配するなよ、アリスティーヌ。オルセリエ王国には、すでに話を通してある。新国王が立ったとの情報が入った時から、かの国と交渉していたのだ。こちらから新国王へ正妃を差し出すとな」
「……いえ、ディオネル様……」
 そんなことは、この際どうでもいい。
 それよりも今、彼は聞き捨てならないことを言った気が……。
 彼への不審を隠すことなく、私は尋ねた。
「今、何とおっしゃいましたか? 加護の力を移すとは……?」
「だから、貴様が母上から譲渡してもらっていただろう、神殿で。あの儀式を行うと言っているんだ。首尾よく王妃の座に就いた途端、もう記憶から失せたか」
 ディオネル様は苛立ちをあらわに、そう言い放った。
 頭が混乱する。王族である彼が、まさか加護の力の仕組みを理解していないはずがないのだが。だってこれまでに、再三教わってきているはずだ。前国王陛下が私たちに婚約を告げられた時にも、彼はディオネル殿下におっしゃっていた。
「ディオネル様……、加護の力は儀式によって移せるものではございません。開花させるには、努力によって身に付けた知性や、民たちへの献身の心が不可欠なのです。その結果として民たちからの信頼が寄せられ、その信頼の大きさにより、加護の力が花開いていくということを、あなた様はこれまで十分教わって……」
 必死でそう説く私の言葉は、ディオネル様自身によってふさがれた。
「くどいな、貴様も。そういった類の伝承まがいは、さんざん聞いてきたさ。だが、さっきも言ったはずだ。ロジーナもまた、加護の力の種を持っている。それも貴様と同じ、変革の力の種だ。力の大小など、本来は些末な問題。加護の力とは、王家の地位と威光によってこそ発揮されるはずだ! 正妃として迎えれば、いずれ力もそれに見合うものに育っていく」
 そう言いながら、ディオネル様は私の胸元を指差した。
「分不相応にも貴様が今身に着けている、その王妃のペンダント。それをロジーナに渡せばいいだけの話だ。王妃の証であるそれを身に着けることによって、これまで眠っていたロジーナの力は開花する。何と言っても、筆頭公爵家の才女。おそらくは貴様より、はるかに大きく育つことだろう。そうだろう? グリダ公爵よ」
 同意を求められたグリダ公爵が、恭しく礼をした。
「は。仰せの通りにございます。我が娘ロジーナには、筆頭公爵家の娘として相応の教育を受けさせてまいりました。陛下の妃としての立場を賜ることにより、その力が大きく花開くのは、当然の理にございましょう」
 私はしばし硬直した。呆れてものが言えない。ディオネル様はロジーナと結婚したいがために、自分の都合のいいように加護の力の有り様を捻じ曲げている。グリダ公爵も、自分の娘こそが王妃に相応しいと信じているらしい。
 ロジーナはそれを訂正するでもなく、自分を賛美するディオネル様の言葉を聞きながら、勝ち誇ったように微笑んでいるだけだ。
 絶望しつつも、私は再び口を開く。
「……そんなはずがございません。加護の力は地位によって育っていくわけでも、このペンダントを得ることによって開花するわけでもありません。ペンダントは、あくまで王妃であることの象徴です。私の力をロジーナ嬢に移すということはできないのですから、王妃に任命なさるのでしたら、王国や民たちに対するロジーナ嬢の献身の心を育てていきませんと……」
「もういい、黙れ。儀式は明日行う。そして貴様のオルセリエ王国への出発は来週だ。母や兄にでも会っておくといい。これが最後になるかもしれんからな」
 そう言うと、ディオネル様はそばに控えている側近らを一瞥する。それを合図に、二人の側近が私のもとへと歩いてきて、私に退室を促した。
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