【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

9.

 何かの手違いで私が知らされていない来客がいる可能性も考え、身支度を整え直してから、国事の謁見の間へと向かう。
 するとそこには、驚くことに大臣たちがずらりと並んで立っていた。強張った表情の父や、反対に至極落ち着いた様子の、外務大臣グリダ公爵もいる。
 そして、玉座に座るディオネル様の隣には──。
「……ロジーナ……?」
 なんと、悠然とした微笑みを浮かべるロジーナが座っているではないか。
 彼女はピンクブロンドの髪をツインハーフアップに結い、花束を模した豪奢な髪飾りを着けていた。
 細やかな刺繍に彩られた、贅沢なレース使いの真紅のドレスに、違和感を覚える。今はまだ王宮全体が前国王陛下の喪に服している期間なのだ。私も装飾の少ない、濃紺のドレスを身にまとっている。常識的に考えれば、ロジーナの装いはあまりにも場違いだった。
(なぜ、ここにロジーナが……? というか、そこは王妃の席なんだけど……)
 一瞬固まった私の脳内に、そんな言葉がよぎる。けれどすぐに気を取り直し、私は足を進めた。
 すると突然、ディオネル様が大きな声を上げる。
「ようやく来たか、アリスティーヌよ! 王妃としての務めを全うできぬ貴様に、王国の未来を守るための重要な任務を授ける!」
(……え? 突然何を言い出すの……?)
 謁見の間の中央に進み出た私がその疑問を口にするよりも早く、ディオネル様は耳を疑うような言葉を吐いた。
「東に接する小国オルセリエ王国の、新国王のもとに嫁げ。これが子をなせぬ貴様に託す、最後にして最大の務めである!」
「……は……?」
 耳を疑い、思わず間の抜けた声が漏れる。冗談のつもりだろうか。それにしては、空気が重い。ディオネル様は相変わらず憎々しげに私を睨みつけているし、ずらりと並ぶ大臣たちは皆、強張った表情で口を引き結んでいる。グリダ公爵以外は。
 ディオネル様の言葉が途切れると、謁見の間は静まり返った。
 私は玉座に座すディオネル様の顔を、呆然と見上げる。無意識に口が動いた。
「……申し訳ございません。少し理解が追いつかず……。一体何のお話でございますか? 私に、何をしろとおっしゃいました?」
 するとディオネル様は、間髪を容れずに言った。
「オルセリエ王国は、長年の戦乱を経て国王が代替わりしたばかりだ。侵略を好む前国王は、周辺の小国に次々と戦争をしかけていた。新国王として立ったその息子セルジュも、前国王と同じ血が流れているのだから油断はできん。国力はこちらの方がはるかに上であるゆえ、これまで我が国は侵略の被害を受けてはいない。だが、新国王セルジュがどんな行動に出るかは予測がつかない。であれば、こちらに刃を向けるような考えを初めから持たせぬよう、手を打っておくべきだろう。両国の恒久的平和的関係のために、アリスティーヌ、貴様がその身を捧げよ!」
「…………」
 頭が真っ白になり、言葉が出なかった。
 この男は、一体何を言っているの?
 私は、このエヴァンシア王国の王妃となったばかりなのだ。前国王夫妻がいなくなったこの王宮で、これから王国のために必死で働いていかねばと、そう誓ったばかりだというのに。この男は公務も勉強も怠りすぎて、いよいよ訳が分からなくなってしまったのだろうか。
 怒りとも呆れともつかない重苦しい感情をぐっと抑え込み、私は幼子に言い聞かせるつもりでゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そのようなこと、受け入れられるはずがありません。私はこのエヴァンシアの王妃でございます。ついひと月ほど前に、前王妃陛下からその責務を受け継いだばかりです。ディオネル様も、目の前で儀式をご覧になっておられたでしょう。お忘れですか? かの国との和平案についてはもちろん熟考する必要がございますが、王妃である私を人質のように差し出すというのは、あまりにも非現実的です」
 するとディオネル様は目を見開き、ムキになってまくしたてる。
「少しも非現実的ではない! 両国の王家同士の縁がどれほど強い抑止力となるか、貴様にも理解できるはずだ! 王太子妃だった頃からこれまで、貴様は子をなすという、最も重要な妃の責務を全うできなかった。恥じ入る気持ちがわずかでもあるのならば、このエヴァンシア王国へ最後の忠誠を見せよ!」
 ……筋書きがはっきりと見えてきた私は、大きく落胆した。ディオネル様の隣に座るロジーナの不敵な笑みが、何よりの証拠だ。
 無茶な命を通そうとするディオネル様に、私は淡々と告げた。
「私がオルセリエ王国に嫁ぐことで何が起こるか、想像なさってください。第一に、就いたばかりの妃を廃し、戦乱の記憶が新しい隣国へと送り出すことを、周辺諸国はどう受け取るでしょうか。エヴァンシア王家の信用を損なう行為であることにほかなりません」
 ディオネル様が口を開きかけたけれど、私は無視して言葉を続けた。
「第二に、今そのような命を下せば、私がオルセリエ王国にとって友好の証ではなく牽制のためだけに送り込まれることは、誰の目にも明らかとなります。強引な婚姻が真に国境を安定させるとお考えになりますか? そして第三に、子をなすことについての責務を私が果たさなかったと、あなた様はそのようにおっしゃいましたね。ですが、夫婦の寝室を拒み、私の妃としての役割を閉ざしたのは、ほかならぬディオネル様ご自身ではございませんか」
「だ……っ、黙れ! アリスティーヌ!」
 ディオネル様が焦りをあらわに叫ぶ。けれど私は引かなかった。
「その責を今になって突然私一人に押し付けるのは、筋が通りませんわ。この私を廃しオルセリエ王国へ差し出すなど、あまりにも短絡的で危うく、エヴァンシア王家の信頼を削る危険な判断でございます」
 怯みなく言い切った私を、大臣たちが安堵の表情を浮かべ見ている。
 おそらく大臣たちは、何度もディオネル様を止めてくれたのだろう。それを彼は強行突破したのだ。なんと浅慮な。
 その時、険悪な空気にそぐわない甘やかな声が、謁見の間に響いた。
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