【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

11.

 翌日の早朝、私は実家であるベルロワ侯爵邸のタウンハウスを訪れた。父はすでに戻っており、母と、嫡男である三つ年上の兄も揃っていた。
 応接間で対面した父は、苦渋の表情を浮かべ、眉間に深く皺を寄せる。
「……すまない、アリスティーヌ。陛下から国益を盾に命じられれば、強く出ることはできなかった」
 先週、私の処遇に対する通達を受けた父は、その場でディオネル様に異を唱えたという。けれどディオネル様は、私をオルセリエ王国へ嫁がせることは、国境を守り民を戦に巻き込まないための重要な決定であると言い張ったそうだ。
『僕に従えぬと言うのか、ベルロワ侯爵よ。内務大臣でもある我が国の侯爵家当主は、国益よりも娘一人を優先する者だと周囲に示すつもりか。異を唱えるのであれば、王命に対する反逆とみなすが、それでいいのだな?』
 国王からそんなことを言われた父は、一族と領民らを守るためにも沈黙するしかなかっただろう。
「私も、もう今の職に長くは留まれまい。お前を王妃の座から退ける以上、陛下がこのまま私を内務大臣として重用し続けるとは思えぬ。いずれ政から遠ざけられ、領地へ下がることになるだろう」
 そう言って深く息をついた父に代わり、兄が口を開く。
「家のことは心配するな。俺がいる。ともかく、向こうで軽率な振る舞いはせぬよう。自分一人の立場ではないことを肝に銘じ、行動するんだ」
「……はい。心得ております、お兄様。ベルロワ侯爵領をよろしくお願いいたします」
 そう答えると、兄は私を見つめたまま、ゆっくりと頷いた。その目が少し赤い気がする。
 全身がじわじわと凍っていくようだった。私は侯爵家の娘。王命に従うことも、家と領地の不利益にならない選択をすることも、何より求められる責務だ。それを叩き込まれて育ってきたのだから、よく分かっている。
 感情を挟んではならない。
 このような局面でも、取り乱すことは決して許されない。
 政変真っ只中の侵略国家へたった一人で嫁いでいくなど、本当は怖くてたまらないのです。なんて、言えるはずがなかった。
 分かっているのに、それでも膝の上に揃えた指先は冷たくなっていく。
 気安い関係ではなかったにしろ、この人たちは私の家族なのだ。それなのに、きっともう二度と会えない。
 私は無意識に、父の隣に座っている母の顔を見た。
 目が合った母の表情は、強張っていた。まるで、気を抜けば崩れそうになるのを、必死で堪えているかのように。顔色は青白く、私を見つめ返すその眼差しには、切なく逼迫したものが感じられた。
 目の前の三人の様子を見て、私は初めて自覚した。
(ああ……、私はこの人たちに、ちゃんと愛されていたんだわ)
 その瞬間、込み上げる悲しみに喉の奥が痛んだ。
 母から発せられた声は、普段通りの落ち着いたものだった。
「……新天地で最大限、自分の役目を果たしなさい。ベルロワ侯爵家の娘である誇りを、決して忘れないで」
「……承知いたしました、お母様」
 そう答える自分の声が、まるで他人のもののようだった。
 私は気力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がる。
 そして、私の姿を目に焼き付けるかのようにこちらを見つめる家族に向かい、礼をした。
「これまで大切に育てていただき、ありがとうございました。王妃の座を解かれたことにつきましては、本当に申し訳ございません。これよりは与えられた次の役目を、オルセリエ王国にて全うしてまいります」
 最後の声が、少し震えてしまった。

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