【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
12.
その後王宮に戻るやいなや、待ち構えていたディオネル様の侍従たちに急かされ、私は神殿へと向かった。
「遅いわね。だいぶ待たされたわ」
儀式の間に足を踏み入れた途端、ロジーナの不機嫌な声に迎えられる。その場にはすでに神官長をはじめとする神官たちと、ディオネル様やその側近らが揃っていた。
「さぁ、アリスティーヌ。早く祭壇の前へ行け」
ディオネル様は、逃げられてたまるものかとばかりに私を急かす。深く息をつき、私はロジーナの待つ祭壇へと足を運んだ。
そこに控えている神官長の顔は、真っ青だった。
「……恐れながら、国王陛下。本当によろしいのでございますか。アリスティーヌ様は私がこれまで確認してきた中でも、極めて深く安定した加護の力をお持ちでございます。神殿としても、そして王国としても、簡単に手放していい存在ではございません。……これは、この王国の根幹をも揺るがす可能性のある、非常に危険な選択になるやもしれませんぞ」
「黙れ、神官長」
ディオネル様は間髪を容れずに低い声を発した。彼のこめかみには血管が浮いている。
「貴様までもがこの僕に異を唱えるか! 聞き飽きたのだ、そんな戯言は。いつまでその女を特別扱いすれば気が済む? 王妃の座にありながら子をなさず、王家の未来を繋ぐこともできなかった女に、これ以上何を期待できるというのだ!」
彼は癇癪を起こしたように怒鳴り散らした。子ができなかったことは、もはや完全に私のせいにされている。
神官長はびくりと肩を震わせると、そのまま目を伏せ沈黙した。
絶望が胸を覆う。一体この王国は、これからどうなってしまうのだろう。
(……でも、私が追い出されても、まだロジーナがいる。唯一の希望はロジーナだけだわ。王妃の座を得ることによって、せめてロジーナがしっかりと自覚を持ち、ディオネル様と王国を支えるために働いてくれれば……)
私は祈る思いで、目の前にいるロジーナを見つめた。
「……お願いよ、ロジーナ。忘れないで。民たちの幸せを一番に願い、私利私欲の心を捨てて彼らのために尽くすことを。どうか面倒がらず、耳を塞がず、王国を背負う立場になったことを自覚して、ディオネル様と二人で頑張ってほしいの」
「うるさいわね。もういいってば。その口を閉じて、早くペンダントを渡しなさい」
ロジーナは私の願いを踏み潰すようにそう言い放つと、さっさと儀式を始めろとばかりに神官長を睨めつけた。
額に汗の粒を浮かべた神官長が、今にも倒れそうなほど弱々しい声で、儀式を始める宣言をした。
その途端、ロジーナがこちらへと無造作に手を伸ばし、私の首からもぎ取るようにペンダントを外し、奪った。膝をつく暇さえなかった。
ロジーナは腕を首の後ろに回し、自分でペンダントを着けると、顔を輝かせディオネル様の方を振り返る。
「ディオネル様……! これで私は本当に、あなた様の妃になれましたわ! やっとです、やっと……!」
「おお、ロジーナ……!」
ロジーナが祭壇の前から離れ、ディオネル様のもとへと駆け寄る。ディオネル様はそんなロジーナの体を受け止め、ひしと抱きしめた。
幸せそうに抱き合う二人の姿を見ながら、凍りついた胸の奥がひび割れ、音もなく崩れていくようだった。
オルセリエ王国へと向かう道行きは、王宮から付き添った侍女が一人、そして護衛騎士が六名のみと簡素で、見送りの者さえいなかった。
王都を離れた馬車は、幾日もかけ、ひたすら東へと進んでいく。街道沿いの宿に宿泊し、翌朝からまた移動する。その繰り返しだった。
道中には、細い花弁を放射状に広げる真紅の花々が、いたるところに咲き誇っていた。このエヴァンシア王国の国花である、ルゼナリアの花だ。王宮の私の部屋にも、毎日華やかに飾られていた。
それらを見かけるたびに、これまでの日々を思い出し、また胸が痛んだ。
数日後、国境の砦に到着すると、護衛騎士たちは歩みを止めた。
すでにその場に待機していたオルセリエ王国側の騎士たちが、こちらの馬車に気付き、数歩近付いてくる。
彼らのそばへ歩み寄り少し話をした騎士団長は、しばらくして戻ってくると馬車の扉を開け、私に声をかけた。
「妃陛下。……いえ、アリスティーヌ様。我々はここまででございます。これまでのエヴァンシア王国へのご献身、本当にありがとうございました。どうぞ、道中お気を付けて」
私より二十は年上であろう精悍な顔立ちの騎士団長だけが、旅立つ私に丁寧に挨拶をしてくれた。おそらく王宮の者たちは、ディオネル様かロジーナあたりから「見送りは一切するな」とでも言われていたのだろう。彼らの大人げなさに、エヴァンシアの今後に対する不安が増す。けれどどれほど心配しようと、もう私には何もできないのだ。
「ありがとう、騎士団長。エヴァンシア王国を頼みます」
心を込め、たった一言そう告げた。侍女が深々と礼をする中、私はゆっくりと馬車を降りる。
一歩ずつ足を進める私を、同行してきてくれた皆が静かに見守っていた。
見慣れない騎士服を着たオルセリエの騎士たちが囲む馬車の前へと辿り着くと、途端に不安と恐怖が胸を覆う。
これでもう私は、見知らぬ人たちの中に一人になってしまったのだ。果てしない孤独感に、心細くてたまらない。
けれど、震えるわけにも泣くわけにもいかない。エヴァンシア王国の面々が、まだ私を見ているのだから。
最後は凛とした姿で、彼らの前から去りたかった。その方がきっと彼らも、加護持ちの王妃に去られる不安を大きく感じずに済む気がしたのだ。
馬車の扉の前には、エヴァンシアの騎士団長よりもさらに迫力のある大きな男が立っていた。
私と目が合った彼は礼をし、低く落ち着いた声を発する。
「オルセリエ王国騎士団長、ヴォルグ・ブレイスと申します。これよりは我らが、アリスティーヌ様の道中をお守り申し上げます。どうぞお見知りおきを」
「……ありがとう。よろしく頼みます」
五十歳前後だろうか。その灰色の髪の男は、一目で戦場を知る者だと分かった。
筋骨隆々たるその体躯は、鎧の上からでも分かるほどのたくましさで、分厚い肩と太い腕は思わず息を呑むほどの威圧感がある。いくつかの深い皺が刻まれた表情は険しく、黄金色の目は感情を読み取らせない。
(さすがは侵略国家の騎士団の長ね。視線を向けられるだけで、恐ろしくて思わず目を逸らしたくなるわ……)
馬車を囲む総勢十名ほどの他の騎士たちも、皆体格がいい。エヴァンシアの騎士たちだって決して貧弱ではないのだけれど、オルセリエの騎士たちは言い得ぬ気迫に満ちている。
(この様子だと、新国王になられたというセルジュ様も、さぞ屈強で近寄りがたいお方なのでしょうね……)
隣の中堅国家から、こんな形で突然押し付けられることになった妃だ。
それも、政変最中の混乱につけ込み、熟考する暇も与えない強引さで。
温かく迎えられるはずがないということくらい、私にもよく分かっていた。
「遅いわね。だいぶ待たされたわ」
儀式の間に足を踏み入れた途端、ロジーナの不機嫌な声に迎えられる。その場にはすでに神官長をはじめとする神官たちと、ディオネル様やその側近らが揃っていた。
「さぁ、アリスティーヌ。早く祭壇の前へ行け」
ディオネル様は、逃げられてたまるものかとばかりに私を急かす。深く息をつき、私はロジーナの待つ祭壇へと足を運んだ。
そこに控えている神官長の顔は、真っ青だった。
「……恐れながら、国王陛下。本当によろしいのでございますか。アリスティーヌ様は私がこれまで確認してきた中でも、極めて深く安定した加護の力をお持ちでございます。神殿としても、そして王国としても、簡単に手放していい存在ではございません。……これは、この王国の根幹をも揺るがす可能性のある、非常に危険な選択になるやもしれませんぞ」
「黙れ、神官長」
ディオネル様は間髪を容れずに低い声を発した。彼のこめかみには血管が浮いている。
「貴様までもがこの僕に異を唱えるか! 聞き飽きたのだ、そんな戯言は。いつまでその女を特別扱いすれば気が済む? 王妃の座にありながら子をなさず、王家の未来を繋ぐこともできなかった女に、これ以上何を期待できるというのだ!」
彼は癇癪を起こしたように怒鳴り散らした。子ができなかったことは、もはや完全に私のせいにされている。
神官長はびくりと肩を震わせると、そのまま目を伏せ沈黙した。
絶望が胸を覆う。一体この王国は、これからどうなってしまうのだろう。
(……でも、私が追い出されても、まだロジーナがいる。唯一の希望はロジーナだけだわ。王妃の座を得ることによって、せめてロジーナがしっかりと自覚を持ち、ディオネル様と王国を支えるために働いてくれれば……)
私は祈る思いで、目の前にいるロジーナを見つめた。
「……お願いよ、ロジーナ。忘れないで。民たちの幸せを一番に願い、私利私欲の心を捨てて彼らのために尽くすことを。どうか面倒がらず、耳を塞がず、王国を背負う立場になったことを自覚して、ディオネル様と二人で頑張ってほしいの」
「うるさいわね。もういいってば。その口を閉じて、早くペンダントを渡しなさい」
ロジーナは私の願いを踏み潰すようにそう言い放つと、さっさと儀式を始めろとばかりに神官長を睨めつけた。
額に汗の粒を浮かべた神官長が、今にも倒れそうなほど弱々しい声で、儀式を始める宣言をした。
その途端、ロジーナがこちらへと無造作に手を伸ばし、私の首からもぎ取るようにペンダントを外し、奪った。膝をつく暇さえなかった。
ロジーナは腕を首の後ろに回し、自分でペンダントを着けると、顔を輝かせディオネル様の方を振り返る。
「ディオネル様……! これで私は本当に、あなた様の妃になれましたわ! やっとです、やっと……!」
「おお、ロジーナ……!」
ロジーナが祭壇の前から離れ、ディオネル様のもとへと駆け寄る。ディオネル様はそんなロジーナの体を受け止め、ひしと抱きしめた。
幸せそうに抱き合う二人の姿を見ながら、凍りついた胸の奥がひび割れ、音もなく崩れていくようだった。
オルセリエ王国へと向かう道行きは、王宮から付き添った侍女が一人、そして護衛騎士が六名のみと簡素で、見送りの者さえいなかった。
王都を離れた馬車は、幾日もかけ、ひたすら東へと進んでいく。街道沿いの宿に宿泊し、翌朝からまた移動する。その繰り返しだった。
道中には、細い花弁を放射状に広げる真紅の花々が、いたるところに咲き誇っていた。このエヴァンシア王国の国花である、ルゼナリアの花だ。王宮の私の部屋にも、毎日華やかに飾られていた。
それらを見かけるたびに、これまでの日々を思い出し、また胸が痛んだ。
数日後、国境の砦に到着すると、護衛騎士たちは歩みを止めた。
すでにその場に待機していたオルセリエ王国側の騎士たちが、こちらの馬車に気付き、数歩近付いてくる。
彼らのそばへ歩み寄り少し話をした騎士団長は、しばらくして戻ってくると馬車の扉を開け、私に声をかけた。
「妃陛下。……いえ、アリスティーヌ様。我々はここまででございます。これまでのエヴァンシア王国へのご献身、本当にありがとうございました。どうぞ、道中お気を付けて」
私より二十は年上であろう精悍な顔立ちの騎士団長だけが、旅立つ私に丁寧に挨拶をしてくれた。おそらく王宮の者たちは、ディオネル様かロジーナあたりから「見送りは一切するな」とでも言われていたのだろう。彼らの大人げなさに、エヴァンシアの今後に対する不安が増す。けれどどれほど心配しようと、もう私には何もできないのだ。
「ありがとう、騎士団長。エヴァンシア王国を頼みます」
心を込め、たった一言そう告げた。侍女が深々と礼をする中、私はゆっくりと馬車を降りる。
一歩ずつ足を進める私を、同行してきてくれた皆が静かに見守っていた。
見慣れない騎士服を着たオルセリエの騎士たちが囲む馬車の前へと辿り着くと、途端に不安と恐怖が胸を覆う。
これでもう私は、見知らぬ人たちの中に一人になってしまったのだ。果てしない孤独感に、心細くてたまらない。
けれど、震えるわけにも泣くわけにもいかない。エヴァンシア王国の面々が、まだ私を見ているのだから。
最後は凛とした姿で、彼らの前から去りたかった。その方がきっと彼らも、加護持ちの王妃に去られる不安を大きく感じずに済む気がしたのだ。
馬車の扉の前には、エヴァンシアの騎士団長よりもさらに迫力のある大きな男が立っていた。
私と目が合った彼は礼をし、低く落ち着いた声を発する。
「オルセリエ王国騎士団長、ヴォルグ・ブレイスと申します。これよりは我らが、アリスティーヌ様の道中をお守り申し上げます。どうぞお見知りおきを」
「……ありがとう。よろしく頼みます」
五十歳前後だろうか。その灰色の髪の男は、一目で戦場を知る者だと分かった。
筋骨隆々たるその体躯は、鎧の上からでも分かるほどのたくましさで、分厚い肩と太い腕は思わず息を呑むほどの威圧感がある。いくつかの深い皺が刻まれた表情は険しく、黄金色の目は感情を読み取らせない。
(さすがは侵略国家の騎士団の長ね。視線を向けられるだけで、恐ろしくて思わず目を逸らしたくなるわ……)
馬車を囲む総勢十名ほどの他の騎士たちも、皆体格がいい。エヴァンシアの騎士たちだって決して貧弱ではないのだけれど、オルセリエの騎士たちは言い得ぬ気迫に満ちている。
(この様子だと、新国王になられたというセルジュ様も、さぞ屈強で近寄りがたいお方なのでしょうね……)
隣の中堅国家から、こんな形で突然押し付けられることになった妃だ。
それも、政変最中の混乱につけ込み、熟考する暇も与えない強引さで。
温かく迎えられるはずがないということくらい、私にもよく分かっていた。