【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

16.(sideセルジュ)

 俺の妃として、隣の中堅国家エヴァンシアから送られてきた、アリスティーヌという名の女。
 このオルセリエ王宮に到着した彼女が謁見の間を去り、大臣らも解散させたあと、俺は玉座に背を預け深く息をついた。
(……全く……)
 エヴァンシア国王から届いた書状の文面。その一部が脳裏をよぎる。
【非常に稀有な加護の力を持つ我が国の妃を、友好の証として貴殿のもとへ送り届ける。そちらの正妃として迎えられれば、両国の絆が未来永劫続く証ともなろう。貴殿の治世が、加護と繁栄に満ちることを心より願う】
 ……こちらの事情など、一切考慮していない。
 価値のあるものを与えてやると恩を売り、一方的に押し付けてきただけだ。
 舌打ちを堪え、俺は歯を食いしばった。
 このオルセリエ王国は今、戦後の混乱の中にある。財も人も足りず、立て直しに追われる日々だ。
 前国王である父の暴走により、周辺の多くの小国を敵に回し、睨まれている。鍛え上げられた我がオルセリエの軍も、疲弊しきった状態だ。
 そんな中、隣の中堅国家から、百年級の加護の力を持つ妃を差し出すと言われたのだ。
 その申し出を拒絶し圧力をかけられることになったとて、今の我が国に耐える力はない。
 妃を受け入れさえすれば、少なくともエヴァンシア王国とは表向き敵対することはない。それに、険悪な状態に陥っている周辺国にも、オルセリエが孤立していないことを示す材料にはなる。
 加護の力というものが、どこまで信憑性に足るものなのかは分からない。エヴァンシアには建国の頃から、その力を持つ女性が時折生まれているという話を聞いたことがあるが、他国にはそのような例はない。また、これまでエヴァンシアがその加護の力を持つ女性を手放したという前例もないのだ。
(それなのになぜエヴァンシア国王は、自分の妃であったその女を簡単に手放し、我が国に押し付けてきたのだ……?)
 そこが最大の謎でもあった。調べようにも、今はそれに割ける人手がない。
 ともかく、迎え入れるしかあるまい。だが政務に関わらせるのは危険だ。まずは王宮内に置き、その動向を注意深く見る。
 このオルセリエの立て直しに利用できるようならば利用し、そうでなければ、改めて対応を考える。それだけだ。
(……俺は父とは違う。同じ道は決して通らない。戦争を仕掛け、力で脅して周辺国を屈服させるようなことはしない)
 そのために、やり遂げなければならないことは山のようにあるのだ。隣国から押し付けられた妃になど、構っている暇はない。
 そう思い、再び深く息をつきながら目を閉じた。
 疲れ切った体が、鉛を抱えたように重い。
 ふと、先ほど見た彼女の、覚悟の決まったあの静かな眼差しが、瞼の裏に浮かんだ。
(……美しい女だったな)
 だからといって、どうということもないが。

 それからの約一週間。俺は即位してから今日までの日々と同じように、なすべきことに忙殺されていた。
 夜明け前に起き、まずは財務報告書に目を通し、頭を悩ませる。父王が戦のため湯水のように浪費しほぼ空になった国庫の状況をもとに、王宮に勤める者や兵たちの未払い給金の捻出についてや、削れる支出がないか、増税を回避し回せる方法はないか、財務大臣らと会議を繰り返す。
 その他、父王派だった将官らの解雇や処分、配置換え。国境付近の小競り合いの鎮圧や、各地から届く陳情の確認。優先順位を決めながら、限られた人員と資金をどうにか振り分ける。
 外交文書にも全て目を通し、周辺国からの抗議や、交易再開の条件、捕虜返還の交渉案を慎重に検討していく。言葉一つで新たな火種を生みかねない他国とのやり取りは、疲弊しきった脳をさらに削っていく。
 夕刻には貴族たちと引見し、徴税の仕方や私兵の扱いなど、様々な確認を繰り返す。
 彼らに強く出すぎれば反発を招くし、甘すぎれば足元を見られる。ここも線引きを誤ることは許されない。
 その他、備蓄状況や設備の修繕計画の確認……。毎日夜が更けるまで、俺は休む間もなく仕事に追われていた。
 そんな中、ある日の夕刻のこと。侍従長が俺に一件の報告をした。
「恐れ入ります、陛下。王妃陛下よりのご伝言をお預かりしてございます」
「……何だ」
 手元の書類に意識を集中していた俺は、遅れて脳内に入ってきた侍従長の言葉に思わず顔を上げた。おそらく今俺の眉間には、深い皺が寄っていることだろう。
 侍従長は静かに目を伏せ、淡々と言った。
「本日の夕食を、陛下とともになさりたいとのお申し出でございます」
 書類を置き、思わず深いため息をつく。
「……理由は」
「お話をする機会をいただきたいと」
「……」
 目を閉じ、どうにか苛立ちを抑える。
 正直、かなり面倒だ。即位して以来、まともに食卓についた記憶はない。最低限腹を満たせる程度のものを、片手間につまむだけの毎日だ。目の前に山積みになり一向に減らない仕事と格闘することで、今は手一杯なのだから。
 隣国から押し付けられた妃の機嫌を取っている時間さえ惜しいというのに。
(だが……、あまり粗末な扱いをするわけにもいかない。仮にもエヴァンシア王国の元王妃なのだ。彼女を軽視したと思われれば、余計な外交問題に発展する可能性も出てくる。加護の力というものが本物ならば、国家資産にもなり得る女性だ。下手に騒がれていいことは一つもない)
 押し付けられたとはいえ、我々はすでに書面を交わした正式な夫婦。公に無視すれば、ただでさえ不安定なこの宮中に余計な憶測を生んでしまうだろう。
「……分かった。夕食の時間に食堂で会うと伝えてくれ」
「承知いたしました」
 侍従長は表情を変えることなく、静かに一礼した。

< 16 / 47 >

この作品をシェア

pagetop