【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

17.

 こちらの国に持ってきたものの中で一番ましなドレスを着て、私は食堂で席に着き、セルジュ国王の訪れを待っていた。
 この王宮の食堂に足を踏み入れたのは初めてだ。壁際に控えた数少ない使用人のうちの一人が、私のグラスに水を注いでくれる。
 しばらく待つと、険しい表情をしたセルジュ国王が、やや荒い足取りで食堂へと入ってきた。お顔を見るのは、謁見したあの日以来だ。
 彼は私の姿を認めると、取り繕うように口元を少し緩めた。
「待たせてしまったようだな。申し訳ない」
「いいえ。お気になさらず。こちらこそ、お忙しいところをこのようにお呼び立てしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いや……」
 セルジュ国王は言葉を濁しながら、最奥の席に着座した。私はその斜め向かいの席に座っている。あまり離れてしまうと互いの声がよく聞こえないと思い、ここに席を準備してもらったのだ。
 均整の取れたお顔立ちは相変わらず美しいけれど、やはりそこには疲れの色が濃く浮かんでいる。目の下のクマは痛々しいほどだ。睡眠時間は確保できているのだろうか。心配になる。
 彼は目を伏せたまま軽く咳払いをすると、ゆっくりとこちらへ視線を向ける。
「俺の方こそ、嫁いできて間もない正妃を気遣う余裕もなく、失礼した。……どうだ。少しはこの王宮に慣れたか? 君は……」
「どうぞ陛下、アリスティーヌとお呼びくださいませ」
 呼びづらそうにするセルジュ国王にそう告げると、彼は一瞬面食らったような顔になった。そして「では俺のことはセルジュと」と、何だか気まずそうに言ってくださった。
 使用人たちが料理を運んでくる。私がここに来て以来いただいている食事内容とさほど変わらないので、やはり今のオルセリエ王宮ではこれが精一杯のものなのだろう。
 私たちは静かに食事を始めた。その合間に、先ほどの彼の質問に答える。
「ここへ来て以来、侍女たちに王宮内の様々な場所を案内してもらい、だいぶ慣れてまいりました。おおよその勝手は把握できたかと」
「そうか。……どこも殺風景だろう。飾り立てる余裕もない状況だ」
「存じております」
 カトラリーを動かしながら、互いに当たり障りのない会話を続ける。
「本来であれば、結婚式や披露目の場を設けるべきだとは分かっている。だが、今の我が国の状況では不可能だ。衣装の一つも準備してやれず面目ないが、当面は今のまま静かに過ごしてもらうことになる。すまないな」
 互いの間に線を引くかのような、きっぱりとした物言いではあるけれど、その言葉の端々に私への申し訳なさが滲んでいる。きっと、根は誠実な方なのだろう。
 私は微笑むと、さりげなく伝えた。
「そのようなお気遣いは不要でございます。先ほども申し上げました通り、このオルセリエ王国の現状については把握しているつもりです。……ですから、セルジュ様。私にもお役目を与えてくださいませ」
 すると、セルジュ様の手元がぴたりと止まった。料理に向いていた彼の視線が、私へと移動する。
「私はただの客人として、この王国に来たわけではございません。国王であるあなた様の妃としてまいりました。私も責を負うべき身。どうか、仕事をお申し付けください。何もせずに私室でのんびり過ごすことには、もう飽きましたので」
 最後はわざと軽い調子で言ってみたけれど、セルジュ様の表情は強張る。そしてわずかな沈黙の後、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「……気持ちはありがたいが、この国の事情は、君が思っているよりも複雑だ。まずは環境に慣れることを優先してくれ」
(……やっぱり警戒されているわよね。まぁ、当然か)
 戦後の殺伐とした状況の中、即位したばかりで余裕など一切ないであろうところに、強引に押し付けられた隣国の妃だ。自国の内情をやすやすとさらけ出せるはずがない。それは分かる。
 私はカトラリーを置くと、セルジュ様のお顔を見据え静かに言った。
「何も決裁を任せていただきたいと言っているわけではございません。ですが、失礼ながらセルジュ様は、とてもお疲れのように見えます。抱えておられるお仕事の一部だけでも、共有させていただきたいのです。王妃という立場にある私にも、できることが多々あるかと」
 セルジュ様が何か言いかけたけれど、私は気付かぬふりをして言葉を続けた。
「私の動向がご心配でしたら、監視の者を付けていただきたく存じます。そのうえで、たとえば……、市井を回り民たちの様子を確認させていただくことは、難しいでしょうか。政の中枢に関わらせていただくことはまだ無理かもしれませんが、私の加護の力は、民たちの信頼があってこそ開花するもの。この力がエヴァンシア以外の国でも実を結ぶのかどうかは未知数ですが、いずれにせよ、彼らのもとへ実際に足を運び、生活環境を整えることに尽力したいのです」
 熱意が伝わるよう、私は彼の目を一心に見つめ懇願した。
 セルジュ様はそんな私をしばらく見つめ返した後、目を伏せ静かに息をついた。どうするべきか考えておられるのだろう。
 やがて彼は、再び私の方を見た。
「……分かった。では、王都にある救護院や養護施設の状況を確認してきてもらいたい。だが、市井には戦後の混乱が強く残っている。君が王宮を出るのであれば、護衛をつけよう」
 そう言うと、セルジュ様は一人の男性の名を口にした。
「騎士団長のヴォルグ・ブレイスと、彼の下にいる数名を連れていってくれ。詳細については、考えてからまた伝える」
「ありがとうございます、セルジュ様」
 内心ほっとした。よかった。このまま王宮から一歩も外に出してもらえなかったら、私の力は持ち腐れだ。
 少しずつでも、民たちに触れ、信頼を深めていかなければ。
(でもまずは、今目の前にいるこの方から……)
 話は終わったとばかりに目を逸らし、黙々と食事を続けるセルジュ様に、私は質問した。
「セルジュ様はおいくつでいらっしゃいますか?」
「……二十五だ」
「そうなのですね。私は十九です。ベルロワという侯爵家の娘として生まれました。兄が一人おります」
「……そうか」
 当たり障りのない話を続ける私に対する、セルジュ様の戸惑いが伝わってくる。
 お忙しいであろうに、こうして私の要望に応じて食事をともにしてくださり、仕事をしたいと願い出れば、警戒しつつもそれを受け入れてくださる。
 もちろん、粗雑に扱うことで生まれる弊害を懸念しているのは分かるけれど、その真面目さと人のよさには好感を持った。
 ふと、先ほど彼が私のお目付け役として選んだ、ヴォルグ・ブレイス騎士団長のことが頭をよぎった。
「騎士団長のブレイス様には、こちらにやって来る時にお世話になりました。彼はオルセリエ王宮に勤めて長いのですか?」
 そう問うと、セルジュ様は白身魚のグリルを切り分けながら、さらりと答えた。
「ああ。ブレイスは父王排除のクーデターの中心にいた男だ」
「……さようでございますか」
 あっさりと話してくださったことに驚く。
 気にはなっていた。あの眼光鋭い屈強な男性は、クーデター以前からこのオルセリエ王国騎士団の長であった人物なのか、それとも政変により新たに担ぎ出された人なのかと。
 私の疑問に答えるように、セルジュ様は続ける。
「ブレイスは父の即位以前から、我が国の軍に身を置いていた男だ。武芸に秀でているのはもちろんのこと、兵の補給や訓練体制まで細かく目を配る。前線の実情も深く理解しているからこそ、無理な戦には一貫して反対を続けていた」
 セルジュ様の言葉に、私は静かに耳を傾けた。
「父の無謀な侵略に、ブレイスは何度も異を唱えていたようだ。だが聞き入れられることはなく、次第に父に敬遠され、冷遇されはじめたらしい。それでもあの男は職を辞さなかった。自分が辞めれば、軍の消耗はよりひどくなる。そのことを分かっていたのだろう。時を待ち、ブレイスは志を同じくする軍の上層部や有力貴族、重鎮らとともに立ち、父を排した」
 そう言うと、セルジュ様はグラスを取り、一度喉を潤した。
「俺はその後、彼らの手によって幽閉先の塔から連れ出された。ブレイスらはその信念に従い、父王ではなく、このオルセリエ王国に忠誠を誓ったんだ。これ以上兵を無駄死にさせぬよう、そして民たちを飢えさせぬよう。……俺はその願いを果たすために立てられた王だ。そして俺も、彼らと同じ志を持っている」
「……セルジュ様」
 思わず、彼の名がこぼれた。
 私に対して猜疑的であり、疲れ切ったように見えるこの若き王は、王国の民たちの期待を一心に背負い、彼らのために立った方なのだ。
 与えられた役目を自らもまた選び、覚悟を決めている。
 セルジュ様ははっとした表情で私を見ると、小さく咳払いをしてまた目を逸らす。
「……君は? エヴァンシア王国内で加護の力を持って生まれた令嬢は、このうえなく重宝され、大切に扱われると聞く。王家に嫁ぎ、その力を民のためにふるうのが使命なのだろう? ありがたくお迎えはしたが、正直こちらも、かなり戸惑ってはいる。どういう経緯だったのだ?」
 自身の立場を打ち明けてくださったセルジュ様が、私がここへやって来た経緯をお尋ねになっている。今度は私の番だ。夫婦となった以上、私もこの方に自分の事情を誠実に話さなければ。
 そう思った私は、言葉を飾ることなく伝える。
「たしかに、私は加護の力を有する妃ではございました。それも、百年に一人誕生するかどうかという稀有な力です。私自身、その力を持って生まれた自分の運命を甘受し、エヴァンシア王国と民のために加護の力を最大限に育て、国を守るのだと決意しておりました。ですが……」
 なかなかに言いづらい。セルジュ様は私のことを真っ直ぐに見つめている。私の言葉に嘘偽りがないかどうか、確かめているのかもしれない。
「私の夫となった新国王ディオネル様は、幼少の頃より、他の女性に好意を寄せておいででした。その女性もまた、私と同じく稀有なる加護の力──変革の力の種を有しておりました。前国王陛下からディオネル様の妃にと選ばれたのは私の方でございましたが、その前国王陛下ご崩御の後、私はすぐに廃され、そちらの女性が、ディオネル様の新たな妃に」
「……」
 セルジュ様は感情の読めない顔で、私のことを見つめ続けている。
「……私がこのオルセリエ王国に送られてきたのには、そういった経緯がございます。このような結果にはなりましたが、今の私は、これが自分の運命であると受け入れております」
 そう言って居住まいを正すと、私もまたセルジュ様のお顔をしっかりと見て宣言する。
「私の中に宿る変革の力が、エヴァンシア王国を出ても作用するのかどうかは分かりません。建国以来、エヴァンシアを去った加護持ちの女性は一人もおりませんでしたので。ですが、その力が発揮できようとできまいと、私はこのオルセリエ王国の王妃として、精一杯力を尽くしていきたいと思っております」
「……」
 セルジュ様は、その深い海のような凪いだ眼差しで、静かに私を見つめている。そしてしばらくして、彼はゆっくりと瞬きをし、目を伏せた。
「……ありがとう」
 彼は少し強張った表情で、静かにそう言った。
 その後食事を続けながら、彼は私にいくつかの質問をした。
「その新国王の想い人という次の妃にも、君と同じ加護の力があると?」
「……素質は持っているのですが、これまで芽吹くことはございませんでした。それが何より心配ではあります。彼女の今後の心持ちや行動次第、といったところでしょうか」
「……どういうことだ? 芽吹く、芽吹かないの差は、なぜ生まれる?」
 セルジュ様は加護の力に強く興味を示された。そのため私は、力の育つ条件について彼に説明した。
 静かに聞いていたセルジュ様は、私が話し終わると、「……エヴァンシアの新国王は、随分と軽率な人物に思えるな」と呟いていた。
 その後、私からもセルジュ様のお仕事について少し尋ねてみた。けれど彼は若干声を硬くし、必要最低限の情報を返してくれるだけだった。
 仕方がないことだと分かっているからこそ、私は彼のその警戒心を、静かに受け止めるほかなかった。
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