【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
18.
私がセルジュ様から託された初めての公務は、王都にあるいくつかの救護院や養護施設の慰問だった。
これらの公務はもともと、歴代の王妃が行っていたそうだ。けれど前王妃陛下が母国に帰られた数年前からは、放置状態。戦乱の中、最もその煽りを受けているであろうと、セルジュ様は心配なさっていた。即位なさって日が浅いうえ多忙な彼は、まだ直接様子を見に行くことができていないらしい。
(たしかにその通りだわ。皺寄せはいつも、末端の民たちに行く。王が無責任に始めた戦の代償を払うのは、立場の弱い民衆なのよ)
セルジュ様と夕食をともにした日から三日後。準備を整えた私は、早速市井へと繰り出すことにした。
同行するのは、エミナとロゼル。彼女たちが私と同じ馬車に乗り、後続の馬車には王宮と備蓄庫から、小麦や塩、干し肉やパンなどの食料、薬草などを慰問品として載せている。
馬車の周囲はブレイス騎士団長を筆頭に、六名の騎士たちが固めた。
王宮を出発する前、私は馬車のそばに控えていた騎士団長に言葉をかける。
「今日はよろしく頼みます、ブレイス騎士団長」
彼は目を伏せ、一礼した。
「ヴォルグとお呼びください、妃陛下。御身の安全は、我々が責任を持ってお預かりします」
「……ありがとう」
挨拶の直前に交わった彼の視線には、鋭い光が宿っていた。セルジュ様同様に彼もまた、私に対する猜疑心を持っているのだろう。おそらくは、他の多くの者たちも。
セルジュ様は現在、前国王陛下が戦を仕掛けた多くの小国に対する外交関連の仕事に明け暮れているという。
停戦の維持に、相手国との賠償や捕虜返還の交渉など、報復を防ぐための関係修復に関する全てのやり取り。これだけでも忙殺されるであろうに、財務処理に人員配置の見直し、備蓄管理などのほとんどを、先頭に立ってこなしておられるらしい。
夕食の際の会話でそのことを知り、私はあ然としたものだ。
一人でこの王国を立て直すことなど、できるはずがない。
最重要課題である外交関係に彼が少しでも集中できるよう、私は国内の状況改善に関する仕事を可能な限り担わなければ。そう強く思った。
小一時間ほど馬車を走らせる間、小窓から見える外の様子は、この王国に初めて訪れた十日前と変わらなかった。
現在の食糧事情や、救護院に収容されている子どもたちのこと。戦で家族を失った者たちの暮らしぶりや街の治安など、馬車が進む間、私はエミナたちの口から可能な限りの情報を聞き取っていた。
やがて馬車は、街外れの一角でゆっくりと速度を落とした。
「アリスティーヌ様、こちらが最初の救護院でございます」
「王都の中では最も多くの戦災孤児や未亡人たちが収容されているはずです」
エミナとロゼルの言葉に頷き、私は小窓から外を覗いた。
低い塀に囲まれた、古びた石造りの建物。外壁の漆喰はところどころ剥がれ落ち、窓枠の木は色褪せていた。屋根にはいくつかの補修跡がある。
門の前にいる痩せた犬が、じっとこちらを見つめていた。
馬車は救護院の敷地に入り、停車した。御者が扉を開け、エミナたちに先導されながら私も外へと出る。ブレイス騎士団長──ヴォルグが、すぐに私のそばへと立った。
するとその直後、馬車の音に気づいたらしい数人の人影が、建物の中から現れる。
表へ出てきたのは、粗末な衣服をまとった女性たちだった。煤けた彼女たちの顔には、こちらに対する警戒の色がありありと浮かんでいる。
「妃陛下」
ヴォルグが私に向かって、低く声をかける。
「ここにいる者たちは、王家の人間を歓迎しないでしょう。皆先王の始めた戦により家族や家を失い、暮らしを壊された者たちです。あなた様に怒りの矛先を向けてくることは、容易に想像がつきます」
彼は黄金色の目で私を見据えた。
「どうか決してお一人で歩かれぬよう。常に私の近くにいてください」
「……ええ。分かっているわ」
王宮を出る前から、それはもちろん覚悟していた。そして今、射殺すような鋭い視線を私に向けてくる女性たちの表情を見て、さらにそのことを実感する。歓迎の色などは微塵もない。
けれど私は、彼女たちの方へと歩き出した。エミナとロゼル、そしてヴォルグをはじめとする騎士たちが、私とともに足を踏み出す。
建物の前に集まっていた女性のうちの一人が、非難するように声を震わせる。
「どなたです? ここへ何をしに来たのですか」
その声は低く、ただの恐怖以上の深い恨みを感じさせた。私は彼女たちの数歩手前で立ち止まり、努めて穏やかな声で挨拶をする。
「突然の訪問で、驚かせてしまいましたね。私はアリスティーヌと申します。隣国エヴァンシアより、オルセリエ王国国王のもとに嫁いできたばかりの者です」
すると、女性たちが一様に息を呑み、より剣呑な顔になった。
「……やはり王家か。どうりで。派手な身なりをしていると思ったよ」
一番年かさと思われる頬のこけた女性が、私を睨みつけながら憎々しげにそう言った。
今日の私は、装飾の少ない簡素なベージュのドレス姿だ。宝石も、小さなイヤリングだけ。
戦後のオルセリエには、突然嫁いできた私のための衣装は一枚も用意されていなかった。けれど王妃である以上、その身分を示す最低限の格好は必要だ。あまり簡素な服装では、大勢の民の中に入った時に護衛騎士たちが私を識別しづらくなるし、訪問先の人々から王妃を騙る偽者だと誤解されても困る。そのため、エヴァンシアから持参したドレスと宝石を身に着けていた。
そうは言っても、彼女たちは一般の民だ。先王のせいでただでさえ苦しい生活を強いられている中で、王家の者が自分たちより良いものを着て現れれば、怒りが増すのは当然だろう。
でも、たとえどう思われようとも、これは私の仕事だ。民たちに寄り添い、その苦しみを和らげ、一刻も早く彼らの生活の質を向上させなければ。
物心つくより前からそう育てられ、己の中に根強く息づいているその感覚が、私を動かす。
私は一度目を伏せると、彼女とゆっくりと視線を合わせた。
これらの公務はもともと、歴代の王妃が行っていたそうだ。けれど前王妃陛下が母国に帰られた数年前からは、放置状態。戦乱の中、最もその煽りを受けているであろうと、セルジュ様は心配なさっていた。即位なさって日が浅いうえ多忙な彼は、まだ直接様子を見に行くことができていないらしい。
(たしかにその通りだわ。皺寄せはいつも、末端の民たちに行く。王が無責任に始めた戦の代償を払うのは、立場の弱い民衆なのよ)
セルジュ様と夕食をともにした日から三日後。準備を整えた私は、早速市井へと繰り出すことにした。
同行するのは、エミナとロゼル。彼女たちが私と同じ馬車に乗り、後続の馬車には王宮と備蓄庫から、小麦や塩、干し肉やパンなどの食料、薬草などを慰問品として載せている。
馬車の周囲はブレイス騎士団長を筆頭に、六名の騎士たちが固めた。
王宮を出発する前、私は馬車のそばに控えていた騎士団長に言葉をかける。
「今日はよろしく頼みます、ブレイス騎士団長」
彼は目を伏せ、一礼した。
「ヴォルグとお呼びください、妃陛下。御身の安全は、我々が責任を持ってお預かりします」
「……ありがとう」
挨拶の直前に交わった彼の視線には、鋭い光が宿っていた。セルジュ様同様に彼もまた、私に対する猜疑心を持っているのだろう。おそらくは、他の多くの者たちも。
セルジュ様は現在、前国王陛下が戦を仕掛けた多くの小国に対する外交関連の仕事に明け暮れているという。
停戦の維持に、相手国との賠償や捕虜返還の交渉など、報復を防ぐための関係修復に関する全てのやり取り。これだけでも忙殺されるであろうに、財務処理に人員配置の見直し、備蓄管理などのほとんどを、先頭に立ってこなしておられるらしい。
夕食の際の会話でそのことを知り、私はあ然としたものだ。
一人でこの王国を立て直すことなど、できるはずがない。
最重要課題である外交関係に彼が少しでも集中できるよう、私は国内の状況改善に関する仕事を可能な限り担わなければ。そう強く思った。
小一時間ほど馬車を走らせる間、小窓から見える外の様子は、この王国に初めて訪れた十日前と変わらなかった。
現在の食糧事情や、救護院に収容されている子どもたちのこと。戦で家族を失った者たちの暮らしぶりや街の治安など、馬車が進む間、私はエミナたちの口から可能な限りの情報を聞き取っていた。
やがて馬車は、街外れの一角でゆっくりと速度を落とした。
「アリスティーヌ様、こちらが最初の救護院でございます」
「王都の中では最も多くの戦災孤児や未亡人たちが収容されているはずです」
エミナとロゼルの言葉に頷き、私は小窓から外を覗いた。
低い塀に囲まれた、古びた石造りの建物。外壁の漆喰はところどころ剥がれ落ち、窓枠の木は色褪せていた。屋根にはいくつかの補修跡がある。
門の前にいる痩せた犬が、じっとこちらを見つめていた。
馬車は救護院の敷地に入り、停車した。御者が扉を開け、エミナたちに先導されながら私も外へと出る。ブレイス騎士団長──ヴォルグが、すぐに私のそばへと立った。
するとその直後、馬車の音に気づいたらしい数人の人影が、建物の中から現れる。
表へ出てきたのは、粗末な衣服をまとった女性たちだった。煤けた彼女たちの顔には、こちらに対する警戒の色がありありと浮かんでいる。
「妃陛下」
ヴォルグが私に向かって、低く声をかける。
「ここにいる者たちは、王家の人間を歓迎しないでしょう。皆先王の始めた戦により家族や家を失い、暮らしを壊された者たちです。あなた様に怒りの矛先を向けてくることは、容易に想像がつきます」
彼は黄金色の目で私を見据えた。
「どうか決してお一人で歩かれぬよう。常に私の近くにいてください」
「……ええ。分かっているわ」
王宮を出る前から、それはもちろん覚悟していた。そして今、射殺すような鋭い視線を私に向けてくる女性たちの表情を見て、さらにそのことを実感する。歓迎の色などは微塵もない。
けれど私は、彼女たちの方へと歩き出した。エミナとロゼル、そしてヴォルグをはじめとする騎士たちが、私とともに足を踏み出す。
建物の前に集まっていた女性のうちの一人が、非難するように声を震わせる。
「どなたです? ここへ何をしに来たのですか」
その声は低く、ただの恐怖以上の深い恨みを感じさせた。私は彼女たちの数歩手前で立ち止まり、努めて穏やかな声で挨拶をする。
「突然の訪問で、驚かせてしまいましたね。私はアリスティーヌと申します。隣国エヴァンシアより、オルセリエ王国国王のもとに嫁いできたばかりの者です」
すると、女性たちが一様に息を呑み、より剣呑な顔になった。
「……やはり王家か。どうりで。派手な身なりをしていると思ったよ」
一番年かさと思われる頬のこけた女性が、私を睨みつけながら憎々しげにそう言った。
今日の私は、装飾の少ない簡素なベージュのドレス姿だ。宝石も、小さなイヤリングだけ。
戦後のオルセリエには、突然嫁いできた私のための衣装は一枚も用意されていなかった。けれど王妃である以上、その身分を示す最低限の格好は必要だ。あまり簡素な服装では、大勢の民の中に入った時に護衛騎士たちが私を識別しづらくなるし、訪問先の人々から王妃を騙る偽者だと誤解されても困る。そのため、エヴァンシアから持参したドレスと宝石を身に着けていた。
そうは言っても、彼女たちは一般の民だ。先王のせいでただでさえ苦しい生活を強いられている中で、王家の者が自分たちより良いものを着て現れれば、怒りが増すのは当然だろう。
でも、たとえどう思われようとも、これは私の仕事だ。民たちに寄り添い、その苦しみを和らげ、一刻も早く彼らの生活の質を向上させなければ。
物心つくより前からそう育てられ、己の中に根強く息づいているその感覚が、私を動かす。
私は一度目を伏せると、彼女とゆっくりと視線を合わせた。