【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
19.
「院長はいますか? ここの現状を、確認させてもらいたいのです」
「今さら何を言ってんだ!! 現状は分かっているだろう!? あんたら王族が招いた、今のあたいらの現状だよ!! 夫たちは徴兵されて、もう帰ってこない……。維持できなくなった家は手放した。ここにいる皆そうだ!」
一番年かさの女性が、叫ぶように声を上げる。すると周囲の女性たちも、私に怒りをぶつけはじめた。
「そうよ! あ、あなたたちが勝手に始めた戦のせいで、子どもたちに満足に食べさせることすらできないのよ……! なのに王は、何もしてくれなかったわ」
「あなた方はいいわよね。安全な王宮の中で、優雅な暮らしをしているんでしょう!?」
「この救護院だってもう満杯よ! これ以上人が増えたら、子どもたちを寝かせる場所すらないわ!」
「自分の子どもが病気になっても、お医者も呼べない。薬も手に入らない……。苦しんでいるのを、ただ見ているしかないんだよ! あなたにその気持ちが分かるの!?」
これまで溜まりに溜まっていたであろう鬱憤は、私に向かって一斉に吐き出された。
髪を振り乱した女性たちが目を真っ赤にし、唇を震わせながら抗議する。その姿はまるで、行き場のない悲しみと苦しさを必死に訴え、私に助けを求めているようだった。
興奮する女性たちから守るように、ヴォルグが私の前に出た。私はそれを手で制し、下がらせる。
その時だった。
「ママ……?」
建物の方から、か細い声が聞こえた。彼女たちは我に返り、扉の方に顔を向ける。それにつられ、私もそちらへと視線を移した。
いつの間にか、そこには十人前後の子どもたちの姿があった。皆一様に汚れて傷んだ服を着ている。
一番小さい子は、二、三歳くらいだろうか。不思議そうに私を見つめるその女の子と目が合った瞬間、胸がツキリと痛んだ。
子どもたちを背後に守るように、十歳くらいの少年が一番手前に立っている。その子は射抜くような目で私を睨みつけていた。
「出てこなくていいわ。お部屋に入っていなさい」
女性の一人が、子どもたちにそう声をかける。けれど先頭の少年は、こちらへと一歩足を踏み出した。
「……何しに来たんだ。帰れよ、王家の奴になんか誰も用はない!」
「……っ」
鋭いその言葉に、私は一瞬たじろいだ。まだ声変わりもしていない幼さの残る声色に、ますます胸が苦しくなる。
すると、その子の後ろに立っていた何人かが、こちらを見ながら泣き出した。
「ひっく……、うわぁぁん!」
「こわい……。こわいよぅ……。こっちに来ないで……」
子どもたちの怯えは伝染し、先頭の男の子以外の全員が、あっという間にわんわんと声を上げはじめた。その視線が私の背後に向いていることに、ようやく気付く。
(この子たちは、私が連れている騎士たちに怯えているんだわ……。身に着けている鎧も剣も、恐ろしいものにしか見えていないんだ)
厳めしい格好をした屈強な男たちは、この子らにとって自分たちを守る存在ではない。
父や兄たちを奪い、家を奪った、戦そのものに見えているのだろう。
やるせない感情が、私の中を巡る。
騎士たちを下がらせよう。そう判断した時だった。
先頭の少年がこちらへ駆け寄ってきた。その途中で、彼は地面に落ちている石をすばやく拾い、振りかぶった。
「もう誰も連れていかせない! 今すぐ帰れぇっ!!」
悲痛な叫びとともに、その石は目一杯の力で、私めがけて投げられた。
「アリスティーヌ様……っ!」
(──っ!)
エミナたちの声が聞こえると同時に、私は身を固くし、思わず目を閉じた。けれど、鈍い音とともに襲うはずの衝撃は、私には来なかった。
ゆっくりと目を開けると、私の視界は大きな背中に埋め尽くされる。
(……っ! ヴォルグ……)
立ちはだかっていたのは、騎士団長のヴォルグだった。石を受け止めたのか弾いたのか、ともかく私への攻撃は彼が防いでくれたようだ。
一瞬の後、ヴォルグは低く太い声を発した。
「……よせ。このお方は、お前が石を投げるべき相手ではない」
「捕らえます!」
その瞬間、騎士のうち二人が短くそう言い、少年の方へと足を踏み出した。誰かの息を呑む音が聞こえる。
「止めなさい!」
私は反射的に、そう声を上げていた。
騎士たちは驚いた表情で立ち止まり、私に視線を向ける。
目の前のヴォルグが、私の方を振り向いた。その顔に怪我のある様子はない。石は上手く払ったのだろう。
目で礼を伝え、私は彼を避けるようにして前に進み出た。蒼白の顔をした女性たちと少年の姿が、視界に入る。
私は彼女たちに向かい、ゆっくりと深く頭を下げた。
「……妃陛下……」
ヴォルグの声がかすかに聞こえた。
「皆さんの王家に対する怒りは、もっともです。多くの被害を与え、あなた方の生活を一変させてしまいました。大切なご家族を奪い、家を失わせ、苦しい生活を強いていることに対する詫びは、いくら重ねても足りることはありません。……本当に、申し訳なく思います」
辺りがシンと静まり返る。私は静かに顔を上げ、もう一度女性たちを見渡した。
「どうかここの暮らしの現状を、私に確認させてください。皆さんの生活を整えていくために、今何がどのくらい足りていないのかを把握する必要があります」
そう言うと、私は救護院の入り口に立ち尽くしている子どもたちと、怯えた様子の少年に目を向けた。
「……騎士たちはここに残します。侍女二人と、この騎士団長のヴォルグのみ、同行をお許しください。彼は決してあなたたち民間人に危害を加えることはしません。……中に入らせていただけますか?」
誰にともなくそう懇願すると、少年と女性たちが困惑したように、一番年かさの女性の顔を見る。
じっと私を睨めつけていた彼女は、やがて深く息を吐くと、ついて来いとでも言うように黙って歩き出した。
許しを得たと察した私は、エミナとロゼル、そしてヴォルグのみを連れ、彼女の後ろへと続いた。
入り口の扉付近に固まっていた子どもたちが左右に避け、私たちを通してくれる。強張った表情の彼らに、私は安心させるよう微笑みかけてみた。
少しほっとした様子の子どもたちは、けれど私の背後に視線を這わせた途端、頬を引きつらせる。
(……並の男性よりふた回りは大きいうえに、この厳つい顔立ちと鎧姿だものね。ヴォルグのこと、怖いんだろうなぁ……)
子どもたちに申し訳なく思いつつ、私は救護院の中へと足を踏み入れた。
「今さら何を言ってんだ!! 現状は分かっているだろう!? あんたら王族が招いた、今のあたいらの現状だよ!! 夫たちは徴兵されて、もう帰ってこない……。維持できなくなった家は手放した。ここにいる皆そうだ!」
一番年かさの女性が、叫ぶように声を上げる。すると周囲の女性たちも、私に怒りをぶつけはじめた。
「そうよ! あ、あなたたちが勝手に始めた戦のせいで、子どもたちに満足に食べさせることすらできないのよ……! なのに王は、何もしてくれなかったわ」
「あなた方はいいわよね。安全な王宮の中で、優雅な暮らしをしているんでしょう!?」
「この救護院だってもう満杯よ! これ以上人が増えたら、子どもたちを寝かせる場所すらないわ!」
「自分の子どもが病気になっても、お医者も呼べない。薬も手に入らない……。苦しんでいるのを、ただ見ているしかないんだよ! あなたにその気持ちが分かるの!?」
これまで溜まりに溜まっていたであろう鬱憤は、私に向かって一斉に吐き出された。
髪を振り乱した女性たちが目を真っ赤にし、唇を震わせながら抗議する。その姿はまるで、行き場のない悲しみと苦しさを必死に訴え、私に助けを求めているようだった。
興奮する女性たちから守るように、ヴォルグが私の前に出た。私はそれを手で制し、下がらせる。
その時だった。
「ママ……?」
建物の方から、か細い声が聞こえた。彼女たちは我に返り、扉の方に顔を向ける。それにつられ、私もそちらへと視線を移した。
いつの間にか、そこには十人前後の子どもたちの姿があった。皆一様に汚れて傷んだ服を着ている。
一番小さい子は、二、三歳くらいだろうか。不思議そうに私を見つめるその女の子と目が合った瞬間、胸がツキリと痛んだ。
子どもたちを背後に守るように、十歳くらいの少年が一番手前に立っている。その子は射抜くような目で私を睨みつけていた。
「出てこなくていいわ。お部屋に入っていなさい」
女性の一人が、子どもたちにそう声をかける。けれど先頭の少年は、こちらへと一歩足を踏み出した。
「……何しに来たんだ。帰れよ、王家の奴になんか誰も用はない!」
「……っ」
鋭いその言葉に、私は一瞬たじろいだ。まだ声変わりもしていない幼さの残る声色に、ますます胸が苦しくなる。
すると、その子の後ろに立っていた何人かが、こちらを見ながら泣き出した。
「ひっく……、うわぁぁん!」
「こわい……。こわいよぅ……。こっちに来ないで……」
子どもたちの怯えは伝染し、先頭の男の子以外の全員が、あっという間にわんわんと声を上げはじめた。その視線が私の背後に向いていることに、ようやく気付く。
(この子たちは、私が連れている騎士たちに怯えているんだわ……。身に着けている鎧も剣も、恐ろしいものにしか見えていないんだ)
厳めしい格好をした屈強な男たちは、この子らにとって自分たちを守る存在ではない。
父や兄たちを奪い、家を奪った、戦そのものに見えているのだろう。
やるせない感情が、私の中を巡る。
騎士たちを下がらせよう。そう判断した時だった。
先頭の少年がこちらへ駆け寄ってきた。その途中で、彼は地面に落ちている石をすばやく拾い、振りかぶった。
「もう誰も連れていかせない! 今すぐ帰れぇっ!!」
悲痛な叫びとともに、その石は目一杯の力で、私めがけて投げられた。
「アリスティーヌ様……っ!」
(──っ!)
エミナたちの声が聞こえると同時に、私は身を固くし、思わず目を閉じた。けれど、鈍い音とともに襲うはずの衝撃は、私には来なかった。
ゆっくりと目を開けると、私の視界は大きな背中に埋め尽くされる。
(……っ! ヴォルグ……)
立ちはだかっていたのは、騎士団長のヴォルグだった。石を受け止めたのか弾いたのか、ともかく私への攻撃は彼が防いでくれたようだ。
一瞬の後、ヴォルグは低く太い声を発した。
「……よせ。このお方は、お前が石を投げるべき相手ではない」
「捕らえます!」
その瞬間、騎士のうち二人が短くそう言い、少年の方へと足を踏み出した。誰かの息を呑む音が聞こえる。
「止めなさい!」
私は反射的に、そう声を上げていた。
騎士たちは驚いた表情で立ち止まり、私に視線を向ける。
目の前のヴォルグが、私の方を振り向いた。その顔に怪我のある様子はない。石は上手く払ったのだろう。
目で礼を伝え、私は彼を避けるようにして前に進み出た。蒼白の顔をした女性たちと少年の姿が、視界に入る。
私は彼女たちに向かい、ゆっくりと深く頭を下げた。
「……妃陛下……」
ヴォルグの声がかすかに聞こえた。
「皆さんの王家に対する怒りは、もっともです。多くの被害を与え、あなた方の生活を一変させてしまいました。大切なご家族を奪い、家を失わせ、苦しい生活を強いていることに対する詫びは、いくら重ねても足りることはありません。……本当に、申し訳なく思います」
辺りがシンと静まり返る。私は静かに顔を上げ、もう一度女性たちを見渡した。
「どうかここの暮らしの現状を、私に確認させてください。皆さんの生活を整えていくために、今何がどのくらい足りていないのかを把握する必要があります」
そう言うと、私は救護院の入り口に立ち尽くしている子どもたちと、怯えた様子の少年に目を向けた。
「……騎士たちはここに残します。侍女二人と、この騎士団長のヴォルグのみ、同行をお許しください。彼は決してあなたたち民間人に危害を加えることはしません。……中に入らせていただけますか?」
誰にともなくそう懇願すると、少年と女性たちが困惑したように、一番年かさの女性の顔を見る。
じっと私を睨めつけていた彼女は、やがて深く息を吐くと、ついて来いとでも言うように黙って歩き出した。
許しを得たと察した私は、エミナとロゼル、そしてヴォルグのみを連れ、彼女の後ろへと続いた。
入り口の扉付近に固まっていた子どもたちが左右に避け、私たちを通してくれる。強張った表情の彼らに、私は安心させるよう微笑みかけてみた。
少しほっとした様子の子どもたちは、けれど私の背後に視線を這わせた途端、頬を引きつらせる。
(……並の男性よりふた回りは大きいうえに、この厳つい顔立ちと鎧姿だものね。ヴォルグのこと、怖いんだろうなぁ……)
子どもたちに申し訳なく思いつつ、私は救護院の中へと足を踏み入れた。