【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

24.

 セルジュ様の許可を得た翌日から、私は毎朝王宮のすぐ北にある神殿に赴き、そこで祈りを捧げるようになった。
 この神殿の存在には以前から気付き、気にはなっていた。けれど、ただでさえこちらを警戒している様子のセルジュ様に、次々と要望を出すのは憚られたのだ。
 先日の夕食の際に、ついに神殿に行かせてほしいと頼んでみた。彼はほんの少し考え、すぐに許可を出してくださった。
 お会いするたびに疲労の色を濃くしていくセルジュ様の姿は、とても痛々しい。どうにかして彼の心を開き、少しでも頼ってもらうことはできないだろうか。
(今はまだ、時期尚早かしらね。こちらの行動を見て、時間とともに私への猜疑心も薄れていってくださるといいのだけれど……)
 一歩でも半歩でもと、やんわりとお心に踏み込んでみたところで、セルジュ様は途端に顔を強張らせ、線を引いてしまう。疲れ切っているご様子なのに、絶対に私に仕事を分けようとはなさらない。
 責任感が強く、真面目で繊細な方なのは間違いない。
 彼のその頑なさは、まるで傷を負った小動物が誰にも触れさせまいと身を固くして唸っているようで。
 なんだか庇護欲にも似た感情が湧き、いじらしくさえ見えてしまう。……なんて、口が裂けても言えないけれど。
 そのセルジュ様は夕食の時に、「王妃の予算については、財務大臣から報告させる。君の裁量で使って構わない」と言ってくださった。どのくらいの予算があるのかは確認しなければ分からないけれど、民間施設の環境改善のために有効に使わせてもらわねば。
 そんなことを考えながら、私はその朝も祈りを捧げるために神殿に行き、神官長と挨拶を交わした。
「王妃陛下、おはようございます。毎朝ありがとうございます」
「おはようございます、神官長」
 やや背の曲がった老人は、肩まで伸びた白髪と長く白い顎髭を揺らし、私に礼をした。
 高い石造りの柱に支えられた広い礼拝堂は、かつては多くの人で賑わっていたのだろう。だが今は、人影もまばらだ。並んだ長椅子や床石は古びており、遠くで年配の神官が一人、祭壇の前を整えていた。
 荘厳な空間は、物寂しい空気に包まれていた。
 その礼拝堂の前を通り過ぎ、私は奥まった祈りの間へと向かう。エミナとロゼルが私の背後を静かに付き従う。
 最奥のその部屋は、かつては王族が祈りを捧げる際に使用されていたものらしい。けれどもう何年も、誰も訪れていないそうだ。
 一人で室内へと入り、静謐な空間を進み祭壇の前へ辿り着くと、私はゆっくりと膝をついた。
 両手を胸の前で重ね、そっと目を閉じる。
 この国に生きる人々が、どうか明日も無事に朝を迎えられますように。
 飢えや病に苦しむ者たちが、一日も早く、穏やかな日々を取り戻せますように。
 自らの呼吸の音だけを聞きながら静かに祈る間、小窓から差し込む朝の光が、祭壇と私を暖かく照らしていた。
 祈りを終え、部屋を出て廊下を歩く。神官長は正面扉の前で私を待っていた。
「お疲れ様でございました。どうぞ、お気を付けて行ってらっしゃいませ。道中のご無事をお祈りしております」
 私が今から慰問に回ることを知っている彼が、声をかけてくれる。
「ありがとう」
 そう答え、開かれた扉から外へ出ようとした、その時だった。
 ふと、廊下の端に並べられた、いくつかの鉢植えに目がいった。大きな窓の下で朝日を浴びている。
 けれど、両手で抱えられるほどのその小さな鉢たちには、一つも花が咲いていない。それぞれ萎れた茎の先に蕾がついているだけだ。
「……あの花は?」
 私の視線を追った神官長が、寂しそうな笑みを見せる。
「ああ、あれはリネラという花でございます。このオルセリエ王国の国花でしてな」
 神官長は懐かしむように鉢を見つめ言う。
「あれがリネラなのですね。名は聞いたことがあります」
 そう答えながら、これまで同じように萎れている蕾を何度か見かけたことを思い出す。施設の玄関ポーチや、馬車で通りすがった花畑。あれらも同じ花だったのだろうか。
 神官長が続けた。
「咲けばそれはそれは見事な花なのですが……。前王の戦が始まった頃からでしょうか。どういうわけか、一切咲かなくなってしまいまして」
「そうなのですか……」
「はい。毎日水をやり、ああして日にも当てております。ですが、蕾のまま枯れてしまうばかりで。もう長いこと、咲いた姿を見ておりません」
「……そう。残念ね。見てみたいわ」
 鉢に目を向けたまま、私は答えた。
(あの蕾たちも、この王国の今を悲しんでいるのかしら……)
 無意識のうちに、足がそちらに動いた。扉から離れ、窓の下に並んだ鉢の前で身を屈める。
 うっすらと黄みがかった、小さな蕾。開けば白い花が咲くのだろうか。
 疲れ切ったように下を向くその可哀想な蕾たちは、なぜだかセルジュ様を思い出させた。こちらに隙を見せまいと体を強張らせ、疲弊していっているような彼の姿を。
 蕾の一つを、指先でそっと撫でる。
(……元気になりますように)
 ゆっくりと立ち上がり、私は今度こそ神殿を後にした。そして外で待っていたヴォルグたち騎士団員とともに、最初の慰問先へと向かったのだった。

< 24 / 47 >

この作品をシェア

pagetop