【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
25.
今日最初に訪れたのは、初めて慰問をしたあの大きな救護院だ。ここは今日で四度目の訪問となる。
馬車を停めるやいなや、子どもたちが駆け出してくる。
「きゃーっ! おうひしゃまだー!」
「王妃様、こんにちは!」
私たちにひどく怯えていた最初の頃とは、全く様子が違う。歓迎が嬉しくて、私は頬を緩めながら馬車から降りた。
まとわりつくようにそばに寄ってくる小さな子たちの頭を順番に撫でながら、少し離れたところで目を輝かせてこちらを見ている少年に声をかけた。
「レニー、元気そうね」
すると彼は背筋を伸ばして返事をした。
「はい、王妃様! 今日も来てくださってありがとうございます!」
レニーは、最初に私に石を投げてきた男の子だ。今では子どもたちのまとめ役として、ここで誰よりも私が頼りにしている子でもある。
「今日はいよいよ畑の大改革よ。手伝ってちょうだいね」
そう伝えると、レニーは満面の笑みで「はいっ!」と元気に返事をしてくれた。
施設長への挨拶や病人たちの様子の確認、慰問品の運び込みが終わると、我先にと手を握ってくる子どもたちを連れ、私は建物の裏にある畑へと向かった。救護院の健康な女性たちに続いて、エミナとロゼル、そしてヴォルグたち騎士団の面々も、その後ろに従う。
作業を見越し、今日は簡素な生成りのワンピースを着てきていた。王宮使用人用の備品の中から、ロゼルが未使用のものを調達してきてくれたのだ。
私が慰問を始める前から、ここをはじめとする多くの施設にはすでに小さな畑があった。けれど、畝の上に並ぶ野菜は細くて葉の色も薄く、どこも収穫量は少ない。
母国エヴァンシアにいた頃、私は父母の領地視察や慰問にたびたび同行していた。農村を巡る際には、作物の出来や土の状態について、両親が農夫や役人たちと話すのをそばで聞き、簡単な農業の知識も自然と身につけてきた。さらに作物の育て方や土の扱いについて書かれた書物にも目を通し、農学の初歩は学んでいた。
このオルセリエで慰問を始めてからも、王宮の図書室を探り、農業に関する古い書物をいくつか読み返した。そこで土の力を保つ方法や、畝の作り方、作物の植え替えに関する工夫など、収穫量を左右する基本的な技術を復習した。
畑の様子を見る限り、皆懸命に作物を育てようとしていることは分かる。けれど、土の疲れや耕し方の問題で、本来の力を十分に引き出せていないのだろう。手入れの仕方を少し変えるだけでも、収穫量は今より確実に増えるはずだった。
私は畑の中央へ歩み出ると、皆を振り返る。
「ではまず、この畝をもう少し高く作り直しましょう。雨が降るたびに土が固くなってしまっているのだと思うわ。それから、落ち葉や厨房から出る野菜くずを集めて、堆肥を作りましょう」
そう言うと、私は畝の脇にしゃがみ込んだ。
「こうして、土を寄せて……」
両手で土をすくい、畝の形を整えてみせる。指の間から乾いた土がこぼれ落ちた。
「こうして高くすれば、水はけがもっとよくなるわ」
なるほど、よしやろう、などと口々に言いながら、女性や子どもたちが、鍬や木の板を持って集まってくる。
「畑のこちら側とあちら側とで、植えるものを変えましょう。次の季節には豆を植えるのもいいわね」
説明しながら作業を始めると、皆も同様に取り組む。
気が付けば、私はすっかり畑仕事にのめり込んでいた。
作業が進むにつれ、いつの間にか小さな子どもたちも畑の周りに集まっている。
「王妃さま、この土ぼくが運ぶね!」
「ありがとう。助かるわ」
「おうひしゃま、みて、石ひろった!」
泥だらけの手で私の袖を引っ張りながら、次々と話しかけてくる。思わず笑いがこぼれた。
「あら、大きな石ね。ふふ。それはあちらの端っこに置いてくれる?」
「はぁい!」
得意げに歩いていく小さな女の子の後ろ姿を見ていると、そばにいたエミナが、気遣わしげに声をかけてきた。
「アリスティーヌ様、お召し物が……」
そう言われ、自分のワンピースに視線を落とす。もう袖も裾も土まみれだ。
私はまた小さく笑って言った。
「構わないわ。今日はこうなると、最初から分かっていたんですもの。それより、明るいうちに畝を仕上げてしまわなくては」
「……はいっ。私たちもお手伝いさせていただきます!」
元気なエミナの声にロゼルもにこやかに頷き、作業に加わってくれた。
皆で土を寄せ、石を運び、夢中になって畝の形を整えていく。
置いてあった重い石が邪魔になり、移動させるのを誰に頼むべきかと顔を上げた時、いつの間にかそばにいたヴォルグが軽々とそれを持ち上げた。
「……ここの石は、全部脇によければいいのですね」
「ええ。ありがとう、ヴォルグ」
気付けば他の騎士団員たちも、黙々と力仕事を手伝ってくれていた。
女性も子どもも、侍女や騎士たちも、皆が肩を並べて働いている。最初の頃は騎士たちの姿に怯えていた子どもたちが、今は他の大人たちに対する態度と同じように、にこにこしながら彼らに話しかけている。
その光景を見て微笑んだ時、畑の上を渡る風が汗ばんだ頬を撫でていった。
それからの日々も、決して順調とは言えなかった。
畑を作り直したところで、すぐに実りがあるわけではない。雨の日が続けば土は流れ、晴れの日が続けば地面は乾ききる。
集めた落ち葉や野菜くずも、良い堆肥になるまでには時間がかかるだろう。思うように作業が進まないことも多く、途中で不安を漏らしたり音を上げたりする者もいて、そのたびに私は根気強く励ました。
それに、戦後の混乱は、当然ながら他にいくつもあった。
職を失った兵士や難民が王都に流れ込んできているという話がたびたび耳に入ったし、時には盗賊まがいの集団が現れることもあった。せっかく配給した食料が奪われたという陳情が届くこともあれば、物資を運んでいた馬車が襲われたという報せも、一度や二度ではなかった。
疫病が広まる集落もあれば、冬を越すための薪や食料が足りないと訴えてくる施設もある。
どこを見ても、問題は山のように積み重なっていくばかりだった。
各施設で起こる問題については、その都度セルジュ様に時間をいただき、報告と相談を重ねた。そのほとんどが、私がセルジュ様の執務室に出向く形で行われた。
あの二度目の夕食以降、毎週一度はお会いし、相談するようになっていた。セルジュ様は私の話に最後まで耳を傾け、短く的確な指示をくださった。
けれど、そのセルジュ様の顔色は、お会いするたびにどんどん悪くなっていった。
疲労の影はもはや隠しきれるものではなく、頬もこけていく。それでも彼は、弱音一つ吐くことはない。そして相変わらず、外交や財政に関わることについては、決して私に踏み込ませようとはなさらなかった。お会いするたびに、私たちの間にある砕きようのない厚い壁の存在を感じた。
私は毎朝神殿で祈りを捧げ、その足で施設へ向かった。慰問をし、畑の様子を確かめ、皆とともに土に手を入れる。そして次の施設へと移り、食料の在庫や病人の様子を確認する。夜には王宮に戻り、帳簿と向き合いながら、翌日の計画を考えた。
思うようにいかないことだらけだったけれど、立ち止まるわけにはいかなかった。
この国で生きる民たちが、私の存在に希望を持ち、懸命に明日を繋ごうとしているから。
ならば私も、皆の想いに応えるだけだ。
どれほど時間がかかろうとも、この王国が再び立ち上がるその日まで。
馬車を停めるやいなや、子どもたちが駆け出してくる。
「きゃーっ! おうひしゃまだー!」
「王妃様、こんにちは!」
私たちにひどく怯えていた最初の頃とは、全く様子が違う。歓迎が嬉しくて、私は頬を緩めながら馬車から降りた。
まとわりつくようにそばに寄ってくる小さな子たちの頭を順番に撫でながら、少し離れたところで目を輝かせてこちらを見ている少年に声をかけた。
「レニー、元気そうね」
すると彼は背筋を伸ばして返事をした。
「はい、王妃様! 今日も来てくださってありがとうございます!」
レニーは、最初に私に石を投げてきた男の子だ。今では子どもたちのまとめ役として、ここで誰よりも私が頼りにしている子でもある。
「今日はいよいよ畑の大改革よ。手伝ってちょうだいね」
そう伝えると、レニーは満面の笑みで「はいっ!」と元気に返事をしてくれた。
施設長への挨拶や病人たちの様子の確認、慰問品の運び込みが終わると、我先にと手を握ってくる子どもたちを連れ、私は建物の裏にある畑へと向かった。救護院の健康な女性たちに続いて、エミナとロゼル、そしてヴォルグたち騎士団の面々も、その後ろに従う。
作業を見越し、今日は簡素な生成りのワンピースを着てきていた。王宮使用人用の備品の中から、ロゼルが未使用のものを調達してきてくれたのだ。
私が慰問を始める前から、ここをはじめとする多くの施設にはすでに小さな畑があった。けれど、畝の上に並ぶ野菜は細くて葉の色も薄く、どこも収穫量は少ない。
母国エヴァンシアにいた頃、私は父母の領地視察や慰問にたびたび同行していた。農村を巡る際には、作物の出来や土の状態について、両親が農夫や役人たちと話すのをそばで聞き、簡単な農業の知識も自然と身につけてきた。さらに作物の育て方や土の扱いについて書かれた書物にも目を通し、農学の初歩は学んでいた。
このオルセリエで慰問を始めてからも、王宮の図書室を探り、農業に関する古い書物をいくつか読み返した。そこで土の力を保つ方法や、畝の作り方、作物の植え替えに関する工夫など、収穫量を左右する基本的な技術を復習した。
畑の様子を見る限り、皆懸命に作物を育てようとしていることは分かる。けれど、土の疲れや耕し方の問題で、本来の力を十分に引き出せていないのだろう。手入れの仕方を少し変えるだけでも、収穫量は今より確実に増えるはずだった。
私は畑の中央へ歩み出ると、皆を振り返る。
「ではまず、この畝をもう少し高く作り直しましょう。雨が降るたびに土が固くなってしまっているのだと思うわ。それから、落ち葉や厨房から出る野菜くずを集めて、堆肥を作りましょう」
そう言うと、私は畝の脇にしゃがみ込んだ。
「こうして、土を寄せて……」
両手で土をすくい、畝の形を整えてみせる。指の間から乾いた土がこぼれ落ちた。
「こうして高くすれば、水はけがもっとよくなるわ」
なるほど、よしやろう、などと口々に言いながら、女性や子どもたちが、鍬や木の板を持って集まってくる。
「畑のこちら側とあちら側とで、植えるものを変えましょう。次の季節には豆を植えるのもいいわね」
説明しながら作業を始めると、皆も同様に取り組む。
気が付けば、私はすっかり畑仕事にのめり込んでいた。
作業が進むにつれ、いつの間にか小さな子どもたちも畑の周りに集まっている。
「王妃さま、この土ぼくが運ぶね!」
「ありがとう。助かるわ」
「おうひしゃま、みて、石ひろった!」
泥だらけの手で私の袖を引っ張りながら、次々と話しかけてくる。思わず笑いがこぼれた。
「あら、大きな石ね。ふふ。それはあちらの端っこに置いてくれる?」
「はぁい!」
得意げに歩いていく小さな女の子の後ろ姿を見ていると、そばにいたエミナが、気遣わしげに声をかけてきた。
「アリスティーヌ様、お召し物が……」
そう言われ、自分のワンピースに視線を落とす。もう袖も裾も土まみれだ。
私はまた小さく笑って言った。
「構わないわ。今日はこうなると、最初から分かっていたんですもの。それより、明るいうちに畝を仕上げてしまわなくては」
「……はいっ。私たちもお手伝いさせていただきます!」
元気なエミナの声にロゼルもにこやかに頷き、作業に加わってくれた。
皆で土を寄せ、石を運び、夢中になって畝の形を整えていく。
置いてあった重い石が邪魔になり、移動させるのを誰に頼むべきかと顔を上げた時、いつの間にかそばにいたヴォルグが軽々とそれを持ち上げた。
「……ここの石は、全部脇によければいいのですね」
「ええ。ありがとう、ヴォルグ」
気付けば他の騎士団員たちも、黙々と力仕事を手伝ってくれていた。
女性も子どもも、侍女や騎士たちも、皆が肩を並べて働いている。最初の頃は騎士たちの姿に怯えていた子どもたちが、今は他の大人たちに対する態度と同じように、にこにこしながら彼らに話しかけている。
その光景を見て微笑んだ時、畑の上を渡る風が汗ばんだ頬を撫でていった。
それからの日々も、決して順調とは言えなかった。
畑を作り直したところで、すぐに実りがあるわけではない。雨の日が続けば土は流れ、晴れの日が続けば地面は乾ききる。
集めた落ち葉や野菜くずも、良い堆肥になるまでには時間がかかるだろう。思うように作業が進まないことも多く、途中で不安を漏らしたり音を上げたりする者もいて、そのたびに私は根気強く励ました。
それに、戦後の混乱は、当然ながら他にいくつもあった。
職を失った兵士や難民が王都に流れ込んできているという話がたびたび耳に入ったし、時には盗賊まがいの集団が現れることもあった。せっかく配給した食料が奪われたという陳情が届くこともあれば、物資を運んでいた馬車が襲われたという報せも、一度や二度ではなかった。
疫病が広まる集落もあれば、冬を越すための薪や食料が足りないと訴えてくる施設もある。
どこを見ても、問題は山のように積み重なっていくばかりだった。
各施設で起こる問題については、その都度セルジュ様に時間をいただき、報告と相談を重ねた。そのほとんどが、私がセルジュ様の執務室に出向く形で行われた。
あの二度目の夕食以降、毎週一度はお会いし、相談するようになっていた。セルジュ様は私の話に最後まで耳を傾け、短く的確な指示をくださった。
けれど、そのセルジュ様の顔色は、お会いするたびにどんどん悪くなっていった。
疲労の影はもはや隠しきれるものではなく、頬もこけていく。それでも彼は、弱音一つ吐くことはない。そして相変わらず、外交や財政に関わることについては、決して私に踏み込ませようとはなさらなかった。お会いするたびに、私たちの間にある砕きようのない厚い壁の存在を感じた。
私は毎朝神殿で祈りを捧げ、その足で施設へ向かった。慰問をし、畑の様子を確かめ、皆とともに土に手を入れる。そして次の施設へと移り、食料の在庫や病人の様子を確認する。夜には王宮に戻り、帳簿と向き合いながら、翌日の計画を考えた。
思うようにいかないことだらけだったけれど、立ち止まるわけにはいかなかった。
この国で生きる民たちが、私の存在に希望を持ち、懸命に明日を繋ごうとしているから。
ならば私も、皆の想いに応えるだけだ。
どれほど時間がかかろうとも、この王国が再び立ち上がるその日まで。