【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

26.(sideロジーナ)

 エヴァンシア王国、新王妃披露目のパレード当日──。
 真紅と金の装飾が施された王家の馬車は、城門を抜け、王都の大通りへと進む。すると、通りの両側に立ち並ぶ民衆からの、割れんばかりの大きな歓声に出迎えられた。
 羨望に満ちた民たちの視線を一身に受け満足した私は、ディオネル様にもたれかかっていた体を起こし、馬車の中から通りに向かって優雅に手を振る。歓声がますます大きくなった。
(ふふ。これよ、これ。待ち望んでいた、私のためだけの光景だわ)
 民たちは皆、高貴で美しい王妃を待ち望んでいたのよ。
 地味で生真面目なだけの王妃ではなく、この華やかなエヴァンシア王国を象徴するに相応しい、見目麗しい唯一無二の王妃をね。
「皆夢中じゃないか、美しい我が妃に」
 その声に振り返ると、腕を広げ悠然と腰掛けているディオネル様が、私を見つめていた。
 彼の黒紅色の正装には豪奢な金糸の刺繍が施され、胸元にはいくつもの勲章が並んでいる。漆黒のマントが背後に大きく広がり、その姿はまさに王そのものだ。
 深紫の絹で繊細に仕立てられたドレス姿の私こそ、彼の隣に並んで遜色ない。何層にも重なったスカートには、ディオネル様同様金糸の刺繍が贅沢に施されている。
 彼から贈られた大粒のダイヤモンドの指輪が光を散らし、雫型の王妃のペンダントも、私の胸で美しく揺れていた。
「……やっとこの日を迎えられたわね、ディオネル様」
 通りからこちらを見ている民衆の視線も気にせず、私はディオネル様の腕の中に、甘えるようにしなだれかかる。
 彼はすぐさま私を受け止め、額に軽くキスをした。
「ああ。先日の結婚式と祝賀の晩餐会も盛況だったな。前回よりも金と時間をたっぷりかけ、準備を整えた甲斐があったというものだ。……僕の本物の妃のためにな」
 私のピンクブロンドを一房取り、指先に絡め弄びながら、ディオネル様は心底満足げにそう言った。
「ありがとう、ディオネル様」

 昔から、欲しいものは全て手に入れてきた。
 グリダ公爵夫人である私の母は、社交界の誰もが尊敬し崇拝する、立派な女性だった。
 けれど私は、筆頭公爵家を支える立場にあった母とともに過ごす時間は少なく、一緒にいられるのは、街へ慰問に出かける時くらいだった。
 その代わり私の周りには、私を持ち上げる人間が常に大勢いた。
「ロジーナ様のお美しさは、目も眩むほどですわ」
「生まれながらにして、選ばれたお方なのですね」
「ディオネル王太子殿下のお隣に立たれるのは、ロジーナ様以外に考えられませんわ」
 こうした追従の言葉を、幼い頃から浴びるほど与えられてきた。
 高貴な殿方たちは、皆こぞって私を望んだ。
 自国の貴族家の子息らはもちろんのこと、近隣諸国の王子たちからも、情熱的な恋文や息を呑むほど高価な贈り物を幾度も与えられてきた。もちろん、求婚の打診は引きも切らず。けれど父は、私をディオネル様の妃にすると決めていたから、全てを丁重にお断りしていた。
 そのディオネル様からも、幾度となく言われてきた。
「ロジーナ、お前はすでに完成している。その類稀なる容姿も、生まれ持った変革の力も、何もかもが特別なんだ」
「ああ……、今日もなんて美しいんだ、ロジーナ。目が離せないよ。お前のその価値は、決して揺らぐことはない」
「僕の隣に立つのは、お前でなければならないんだ、ロジーナ」
 彼から与えられ続けるそれらの言葉は、私を有頂天にさせた。
 王太子からの寵愛。高貴な人々や見目麗しい殿方たちから私に捧げられる、羨望、憧憬、熱情。
 努力などせずとも、私は生まれながらに選ばれた、唯一無二の存在。
 溺れるほどの賛辞を受けながら育った私の中で、それは疑う余地のない事実として根付いていった。それなのに。
 国王陛下からディオネル様の婚約者に選ばれたのは、私ではなくアリスティーヌだった。
 そのことを知った時、頭が真っ白になり、体中の力が抜けた。受け入れることなど到底できなかった。
 アリスティーヌも私も、同じ稀有な力を持って生まれた。
 けれど、私は筆頭公爵家の娘であり、アリスティーヌより家格は上。そのうえ幼少の頃からディオネル様の愛を独占していた。他の追随を許さない、華やかな美貌も自覚がある。
 それなのに。私があの、地味な格下の令嬢に負けたというの……? 国王陛下は何をお考えなの? 加護の力の開花具合なんて、これからどうにでもなるでしょう。そもそも平和で豊かなこのエヴァンシア王国は、そんな曖昧なものに頼らずとも安寧の日々を保っているというのに……!
 頭を掻きむしりたくなるほどの屈辱と怒り、悔しさに、夜も眠れない日々が続いた。けれど、アリスティーヌの前ではそんな本心を微塵も見せず微笑み、祝福の言葉を述べた。
 そうして彼女の様子を探りながら、私はディオネル様との密会を重ねたのだ。あの女を蹴落とし、妃の椅子を奪う算段を立てるために。
 ようやくアリスティーヌを追いやり、このエヴァンシア王国王妃の座に就いてから、約三ヶ月。
 前国王陛下の喪が明け、諸国への通達、貴族たちの拝謁などが立て続けに行われた後、私とディオネル様はついに結婚式を挙げることができた。
 それから少しして、アリスティーヌの父親であるベルロワ侯爵も、内務大臣の座から引きずり下ろし、政界から遠ざけてやった。
「あの男は昔から融通が利かず、堅苦しい説教ばかりする」とディオネル様も疎んでいたし、愛娘を追放された恨みから、今後私たちの邪魔をされても面倒だと思ったから。後任には、余計な口出しをしないであろう無難な男を選んでおいた。
 そして、今日。ようやく民衆への、新王妃披露目のパレードが行われることになったのだ。
(回り道をしたけれど、ようやく納まるべき椅子に納まることができたわね……)
 喜びを噛みしめながら、私は深く息をつく。自然と頬が緩んだ。
 通りの両脇には旗が掲げられ、楽団の奏でる音楽が鳴り響く。空からは色とりどりの花びらが降り注ぎ、街全体が祝祭の空気に包まれていた。
 ああ、本当に気分がいい。
 悲願であった妃の座を得たのはいいけれど、始まってみれば、その日々はひどく退屈だった。
 毎朝早い時間に起こされ、神殿まで出向き、祈りを捧げ、その後は王宮の奥に閉じこもって書類仕事に時間を取られるばかり。すでにうんざりしていたのだ。
 王妃というのは、こうして民衆の前に出て、王国の栄華を示す存在であるべきなのよ。
 民たちからの歓声と羨望の眼差しを一身に受けながら、私は心底満足し、華やいだ空気と歓声に浸った。
 
 そうして新王妃として王宮での日々を過ごす私に、ある夜寝室でディオネル様が、気の重くなることを告げてきた。
「ロジーナ、明日は二人で王都の施設に慰問に行くぞ」
「……慰問? 行かなきゃダメなの?」
 テーブルの上の大きな花瓶に美しく飾られた、このエヴァンシア王国の国花であるルゼナリア。その真っ赤な花びらを指先でなぞり愛でていた私は、彼の言葉につい不満を漏らす。
 ディオネル様はそんな私を見て苦笑し、寝台に腰掛けると、自分の隣を軽く手で叩く。
「エヴァンシア王国王妃の大事な役目の一つだ。王国の母が末端の民にまで気を配っている姿を見れば、民たちは美しいお前を一層崇拝するだろう」
「……それはそうかもしれないけれど……。毎朝神殿まで出向いて祈りを捧げるのも大変なのよ。その後は日が暮れるまで公務ばかりで。慣れないこともまだ多くて、私緊張でとても疲れているの」
 そう言いながら、私はソファから立ち上がると彼のもとへと歩み寄り、隣に腰掛けしなだれかかる。甘える私の髪を、ディオネル様が愛おしげに撫でる。
「分かっている。妃という立場の重圧の中で、お前は本当によくやってくれているよ。……だが、民にも少しだけ顔を見せてやればいい。いくつかの施設を歩いて、子どもに手でも振ってやれば十分だ。民は単純だからな。王妃が自分たちのところへ来たという、その事実だけで感動する」
「……ええ……」
 駄々をこねれば先延ばしにできるかと思ったけれど、そうもいかないようだ。面倒くさい。慰問なんかに一体何の意味があるというの? 私の母も、他の貴族家当主の妻や娘たちも、皆当然のように領地の慰問をするけれど、正直全く意味を感じない。わざわざこの私が行かなくても、侍女か誰かに寄付金や寄贈品を持たせれば済む話でしょう? 幼い頃からずっとそう思っていた。
 選ばれし者に生まれながらに宿る、加護の力。その中でも特別な変革の力が、私にはすでに宿っているのよ。
 そして王妃の座に就き、アリスティーヌが前王妃から託された王妃のペンダントを、さらに私が引き継いだ。
 名実ともにエヴァンシア王国王妃となった私は、今後はもう黙っていても加護の力が大きく花開いていくの。
 高位貴族家のごく一部の令嬢にのみ生まれつき宿る、加護の力。それはつまり、家格こそが全てだという何よりの証拠。
 ディオネル様だって、慈愛の心や民からの信頼を育ててこそ力が開花するなんて伝承、馬鹿馬鹿しいと言っていたのに。
(やっぱり面倒な慰問は続けなきゃいけないのね。両親の言いつけで子どもの頃から嫌になるほど繰り返してきたから、もううんざりなんだけど……)
「お前自身が、この王国を飾る宝石なんだ。お前が美しく輝く姿そのものが、我が国の威光となる。民らの忠誠心をより強固にするためにも、それを皆に見せつけてやれ」
 ディオネル様は髪を撫でながら私を見つめ、額に唇を押し当てる。甘やかすような優しい仕草だけれど、行かなくていいよと言ってくれるつもりはないらしい。
「……じゃあ、最初の慰問は一緒に来てくれる? ディオネル様。あなたに大切にされている私の姿を、民たちにちゃんと見せたいわ。……アリスティーヌは、民心だけは摑んでいたでしょう? 不安なのよ。王に愛されている真の王妃はこの私だってことを、皆の心に刻みたいの」
 意識して鼻にかかった声を出しながら、私は上目遣いでディオネル様を見つめ、そうねだった。
 彼は目を細め、私の体を抱き寄せる。
「本当に可愛いな、お前は。……ああ、分かった。ロジーナの新王妃としての最初の慰問は、二人で回ろう。僕がお前をどれほど溺愛しているか、皆にしっかりと見せつけ、王妃の威光を示してやる」
 その言葉に安心した私は、自分が最も魅力的に見えるよう計算し尽くした笑みを、彼に向ける。
「ありがとう、ディオネル様」
 彼の首に両腕を回すと、ディオネル様は嬉しそうに私に唇を重ねた。その口づけは、すぐに濃密なものへと変わる。
 私たちの体はそのまま後ろへと倒れ込み、柔らかな寝台に沈んだ。

 数日後、私はディオネル様とともに、一軒の児童養護施設を訪れた。
 新王妃の威光と美貌を、末端の民たちの脳裏にまで刻むべく装った豪奢なドレス姿で、馬車を降りる。
 柔らかな絹を幾重にも重ねた、国花ルゼナリアと同じ色の真紅のドレス。さらに大粒のダイヤモンドで身を飾った私の姿に、その場にいた何人かの薄汚れた子どもたちが羨望の眼差しを向けてきた。
 先頭に立って私たちを出迎えた施設長の中年女性が、建物の中を案内しながらどこか誇らしげに言う。
「おかげさまでこの王国はとても豊かでございますが、子どもたちには食べ物のありがたみを忘れてほしくなくて。農夫の方々への感謝の心を育てるためにも、ここでは皆で小さな畑を耕しているのです」
「なるほど」
 施設長の話に、ディオネル様が小さく頷く。
「まぁ、素晴らしいわね」
(ああ、面倒だわ。あと何軒回るって言っていたかしら。二軒……? 早く王宮に戻りたい。……そうだわ。戻ったら次のお茶会の計画でも立てましょう)
 内心そんなことを考えながら、私も施設長の説明に対し、心のこもらぬ相槌を打つ。彼女は嬉しそうに、私たちを裏庭へと誘った。
「ありがとうございます。ちょうど今、この庭の畑で子どもたちが作業をしております。どうぞ、国王陛下、王妃陛下、ご覧くださいませ」
 そう言うと、施設長は裏庭へ続く扉を開けた。
 王宮の庭園とは比較にもならない粗末な庭を奥に向かって歩いていくと、そこにはたしかに小さな畑があった。
(……まぁ。なんて汚らしいのかしら)
 畑の中では子どもたちが動き回っていた。
 土に塗れた粗末な格好。顔や髪にも泥が跳ねているし、鼻水を垂らしたまま笑っている子までいる。
 小さな鍬を握り土を掘り返す子や、石を運ぶ子。
 三、四歳くらいの幼い子たちは、泥だらけの手で互いに腕を引っ張り合い、きゃっきゃと騒ぎながら畝の間を駆け回っている。
 思わず顔をしかめそうになったけれど、公爵家の令嬢として育ち、骨の髄にまで染み付いた優美な笑みを崩すことはしなかった。ディオネル様も、隣で慈愛に満ちた笑みを浮かべ、彼らの様子を見守っている。きっと心の中では、私と同じようなことを考えているのだろう。
 すると、鍬をふるっていた少年の一人がふいに顔を上げ、私たちに気付いた。そして目を真ん丸に見開いて叫ぶ。
「わぁっ! 王様と新しい王妃様だー!」
 周りにいた子どもたちが、その声で一斉にこちらを振り向く。
(新しい王妃様、ね……。アリスティーヌが王太子妃時代から頻繁に顔を出していたから、違う女だと気付いたのかしら)
 そのことに思い至るだけで、彼女に対する嫌悪感がまた込み上げる。
 けれど、そんな陰鬱な気持ちはすぐに吹き飛んだ。
 汚れた子どもたちが満面の笑みを浮かべ、皆で私たちのもとへと駆け寄ってきたからだ。思わず息を呑み、一歩後ずさる。
「王様、王妃様、こんにちはー!」
「王妃様、いつもお祈りをしてくれてありがとうございます!」
「きゃーっ! あたらちいおうひしゃま、きれーい!」
 屈託のない言葉と笑みが、私たちを取り囲む。硬直していると、施設長は苦笑しながら言った。
「ふふふ……。前王妃陛下のアリスティーヌ様が、子どもたちによくしてくださっていたものですから、皆王家の方々に対する親愛の情が深く育っておりますの」
(止めてよ! 冗談じゃないわ。距離が近すぎるでしょう)
 アリスティーヌはこの汚い子どもたちに、一体ここでどんな接し方をしていたのか。迷惑甚だしい。
 そう思った、その時だった。
「おうひしゃまー」
 鼻水を垂らした小さな女の子が、土に塗れた手で私のドレスの裾を握ったのだ。
「……っ!! 止めなさい! 離れてよ!」
 カッとなった私は、思わずドレスのスカートを摑み、その子の手から引き剥がすように強く払った。
 すると、子どもは反動でその場に倒れ、大きな声で泣き出した。
「ひっ……、うわぁぁぁんっ!!」
「も……、申し訳ございません、王妃陛下……! おいで、リナ」
 施設長が顔を強張らせ、倒れた女の子を慌てて抱き上げた。
 周囲に集まっていた他の子どもたちも、皆笑みを引っ込めて後ずさる。
 汚されたドレスの裾を見て落胆する私の肩を抱き、ディオネル様が取り持つように言った。
「はは。元気な子どもたちだな。……だが、節度を弁えることは大事だ。平民が気安く王妃に触れることは、許されない。農作業もいいが、最低限の礼儀作法も覚えさせていくといい」
 目の奥が少しも笑っていないディオネル様の顔を見上げ、施設長は腕の中の子どもをさらに抱き寄せながら謝罪した。
「し、承知いたしました……。今後はそのように、しっかりと教育してまいります。どうぞお許しくださいませ」
 するとディオネル様は、ゆっくりと頷く。
「構わん。王妃は寛大だ。幼子の初めての過ちに厳罰を求めるような者ではない。今回は咎めはなしだ」
 次回からはただではおかないとも聞こえるその言葉に、施設長の顔が青ざめた。
 
 早々に馬車に戻り、私たちはその施設を立ち去った。
「信じられない。ひどいわ。お気に入りのドレスだったのに……」
 大好きな真紅のドレスの裾は、汚らしい茶色に染まっている。今すぐ脱ぎ捨てたい衝動にかられた。
 隣に座っていたディオネル様が、いつものように私を抱き寄せ、頬に口づける。
「価値の分からぬ民のしたことだ。今日は許してやれ。すぐに新しいものを仕立てよう」
「……」
「同じ色味の、お前の好きな装飾や刺繍をふんだんに施した、より豪華なものを誂えさせるさ」
 黙り込んでしまった私を甘やかすように、ディオネル様がそう言ってくれる。その言葉で、ようやく気持ちが少し落ち着いてきた。
「……今日はもう王宮に戻りたいわ、ディオネル様。こんな汚れたドレスで、他の施設の慰問までできない」
 意図的に眉尻を下げ、今にも泣き出しそうな悲しげな表情を作ると、私を抱き寄せるディオネル様の腕の力が強くなった。
「ああ、そうだな。もう帰ろう。可哀想に、僕のロジーナ。今日はもうゆっくり休むといい。慰問など、また後日気が向いた時に行けばいいんだ。残りの施設には急な事情で行けなくなったと、使いの者に伝言させよう」
「ええ……」
 面倒な予定がまんまとなくなりほっとした私は、ディオネル様の胸に顔を預け、目を閉じた。
(全く……ひどい目に遭ったわ。あんな連中のために、誰が祈りなんか捧げるものですか)
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