【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

27.

 オルセリエ王国に嫁いできてから、およそ半年の月日が経った。
 休む間もなく働き続けても、国内情勢はあまり良い兆しを見せない。それでも、慰問で訪れる先の民たちや、王宮の侍女や使用人、騎士たちは、最初の頃に比べると随分と心を開いてくれたように思う。
 けれど王宮の重臣たちは、私に対していまだに猜疑的な様子だった。和平の象徴という名目で送り込まれてきたエヴァンシア王国の元王妃は、特別な加護の力を持っているはずだった。だが、その加護の兆しが一向に見えてこないとなれば、彼らの態度も当然だろう。
 ヴォルグから聞いたところによると、現在の王宮では、先王の時代から残る実務官僚たちに加え、今回の政変でセルジュ様を立てることに協力した者の中から、新たに大臣へ登用された者たちが、ともに政務を担っているらしい。
 先王を全面的に支持していた者や側近らの多くは失脚したものの、政務を回すため、これまでの官僚を全て排することはできなかったそうだ。
 先王の治世を支えていた貴族家当主たちの一部もなお王都に残っており、セルジュ様の政権を静観しているらしい。
 そういった事情のためか、王宮内には常に見えない緊張が漂っていた。
 先日は宰相から、明確な嫌みを言われた。
「王妃陛下のご公務への取り組みは、まことにご熱心でいらっしゃる。それは誰もが認め、感服いたしております。……とはいえ、それが我がオルセリエの国益にどのように繋がるのか、そこを案じる声もございましてなぁ」
 両国の友好の証として恩着せがましく押し付けられた、稀有な加護の力を持つはずの妃が、その力を発揮する様子がない。そのことでますます疑心暗鬼になっているのだろう。
 けれど、まずはこの王国の民たちからの深い信頼を得ないことには、加護の力は開花しない。そのために私も、心身を尽くしているのだ。
 そのことを説明しても、重臣らは鼻で笑うことさえあった。

 そんな毎日の中、険しい表情をした侍女長が、私の執務室にやって来た。
「妃陛下、急ぎのご報告にございます。国王陛下が、執務中にお倒れになったとのことです」
「……なんですって?」
 侍女長の言葉に、心臓が大きく跳ねる。私は無意識に羽根ペンを置き、立ち上がった。
「それで、ご容態は?」
「意識はございますが、強いめまいでお身体を起こせない状態とのことです。現在は陛下の私室にて、侍医が診察中にございます」
 その報告を聞き、私は深く嘆息した。
 いつかはこうなるのではないかと思っていた。お会いするたびに窶れていくセルジュ様の姿は、もはやこちらの胸が苦しくなるほど痛々しかったのだ。
 私はすぐに支度をし、セルジュ様の私室へと向かった。
 
 夫婦とはいえ、いまだ一度も閨のない私たち。
 仕事に関する会話は交わせども、セルジュ様との間には厚い壁があり、私室に足を踏み入れることさえ初めてだった。
 大きな寝台のそばには、彼の側近たちや老齢の侍医の姿があった。私は部屋の入り口で足を止め、こちら側に侍医を呼び寄せ容態を尋ねる。
「ご安心くださいませ、妃陛下。脈にも臓腑にも異常は見受けられません。ただ、幾月にもわたるご政務のご多忙により、極度の疲労が溜まっておられます」
「では、万が一にもお命に関わるようなことはないのね?」
 私がそう問うと、侍医は小さく頷く。
「今のところは。安静にしていただければ、回復される見込みでございます。ただ、このままご無理を重ねれば、再び同じことが起こりかねません」
「……そうでしょうね」
 息をつき、控えの間に侍医を下がらせると、私はゆっくりと寝台へ歩み寄った。
「外してちょうだい」
「承知いたしました」
 声をかけると、側近や侍従らも控えの間に下がる。
 これで部屋の中には、壁際に控えるエミナとロゼル、そして数人の護衛と、私たち二人だけになった。
 寝台の横にある椅子に座り、セルジュ様の様子を窺う。
 血の気のない真っ白な顔は、目の下だけが黒く窪み、頬は以前にもましてげっそりとこけていた。眉間に皺を寄せ目を閉じている彼の姿は、ひどく弱々しい。
 何もできない自分の無力さに、喉の奥がツンと痛んだ。
「……お加減はいかがですか?」
 絶不調だと分かっていても、真っ先に漏れたのはそんな言葉だった。
 セルジュ様が、瞼を震わせゆっくりと目を開く。
 私の姿を認めると、彼は眉間の皺を一層深くし、目を逸らした。
「……問題ない。睡眠不足が続き、めまいがひどくなってしまっただけだ。一晩休めば回復する」
 そんなはずがないのに、ここまで弱りきった姿を見せてもなお、この人は私に微塵も隙を作りたくはないらしい。
 もどかしさに心配が重なり、何だか腹が立ってきた。
「……もうお一人で何もかもを背負うのはお止めください。セルジュ様には休養が必要です。当分はお休みになってくださいませ。その間、私が財務の決裁や外交業務を代わります」
「っ! よせ……! 手出しはするな。国王はこの俺だ」
 私の言葉を聞いたセルジュ様が、焦った表情で再度こちらを見た。その目は充血し、視線も定まらず、頼りなく揺れている。
 私は思わず息をついた。
「なぜそんなにも頑なに、私のことを拒絶なさるのですか? そんなに私が信用できませんか? この半年間の私の働きは、ヴォルグを通して聞いていらっしゃるはずです。それでもこの私は、あなた様が信用するに値しないと?」
「……」
 心配が苛立ちを大きくし、つい責めるような口調になってしまう。セルジュ様がまた視線を逸らしてしまった。
 私は一度目を閉じ、静かにゆっくりと呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして再びセルジュ様に向かって語りかけた。
「このような体制は長く続かないと、あなた様も本当は分かっておられるはずです。この王国は、いまだ平穏とはほど遠い状態にあります。繰り返された戦の後で皆疲弊し、民たちは歯を食いしばって暮らしを立て直している最中です。王宮の中でさえ、誰もが同じ方向を向いているとは言えない状況なのではございませんか?」
 壁の方を向いているセルジュ様の表情が、苦しげに歪んだ。その痛々しい姿を見ながら、私は言葉を続ける。
「セルジュ様がお一人で背負うには、この王国はあまりにも傷跡が大きく、不安定です。なぜ、そこまで頑なになられるのですか」
 私の言葉が途切れても、しばらくの間セルジュ様は何も言わなかった。重い沈黙が落ちる。
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