【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

28.

 やがて彼は口を開くと、かすれた声を発した。
「……侵略戦争に反対し続けていた俺が、父王により幽閉されたのは、十七歳の時だった」
 こちらを見ないまま、セルジュ様は突然そんなことを語りはじめた。彼が自身の話を私にするのは初めてのことだ。少し驚き、私は黙って耳を傾ける。
「だが、そのまま大人しくしているつもりはなかった。父は底知れぬ野心を持つ、無謀な男だった。俺が動かねば、オルセリエは潰える。そのことを、俺は分かっていた。父とともにこの国の命運を担うはずの母のことも、心配だった。他国に嫁いだ妹たちのことも……。幸い俺には、手足となって動いてくれる側近がいたんだ。幼い頃からともに過ごした乳兄弟であり、同い年の男だった。誰よりも信頼していた」
 疲労に濁った目が、遠くを見るように揺れる。ほんの一瞬、セルジュ様の唇が歪んだ。
「だがそいつは、俺を裏切っていた。俺は塔の中で、数少ない味方と連絡を取り合い、慎重に反乱の計画を立てていた。けれどその全ては父に筒抜けになっており、彼らは皆処刑された。……その俺の側近が、いつの間にか父についていたんだ。こちらの動きを、全て父に流していた」
(……セルジュ様……)
 初めて聞く、彼の重く辛い過去。私はただ黙って、セルジュ様を見つめ続ける。
「反乱の計画は失敗に終わり、俺の監視はますます厳しくなった。周囲から全ての人間が遠ざけられ、一人きりで塔の中で過ごしているうちに、いつの間にか母はオルセリエを見捨て、母国へと帰っていた」
 セルジュ様の言葉は、徐々に弱々しくなっていく。まるで独り言のようだ。当時の痛みを思い出しているのだろうか。
「数年後、ブレイスらが決起し、見事クーデターを成功させた。父王も、その俺の側近も、皆死んだ。残ったのはこの俺だけだ」
 そう言ったセルジュ様の言葉が、わずかに震えた。
 ブランケットの上に置かれた彼の手が、固く拳を握る。
「他人を信用するということは、裏切られる危険と隣合わせだ。人は容易に寝返る。このような立場に就けば、なおさらだ。いかに忠誠を誓ってこようとも、周囲の人間は皆、風向き次第ですぐに別の旗の下に立つ。……そういうものだ」
 セルジュ様の紡ぐ言葉はあまりにも悲しく、心が重くなっていく。
 大きな喪失感を味わいながら、彼がどれほど傷付いてきたのかを、そのかすれた声が如実に物語っていた。
「誰にも頼らず、全てを自分で背負うのが、最も確実だと思っていた。俺自身がどうなろうとも、この王国の未来だけは、……ここに生きる民たちの生活だけは、守り抜かなくては……」
 切実なその願いは、私の心の奥にたしかに届いた。
 けれど、自身の限界を超えてまで働き続けてきたセルジュ様の体は、とうに悲鳴を上げていて。
 今にも目を閉じ、二度と目覚めなくなってしまうのではないかという不安にさえ駆られた。
 私は無意識に、ブランケットの上にあるセルジュ様の拳を覆うように、自身の左手を重ねた。
 彼はピクリと肩を跳ねさせ、目を見開いて私の顔を見る。
「セルジュ様が、これまで孤独な戦いを強いられてきたことは、よく分かりました」
 手を重ねたまま、私はゆっくりと口を開いた。
「ですが……、たった一人でこの王国を立て直していくことなど、やはり不可能です」
 自分の思いが伝わるよう祈りながら、私はセルジュ様に語りかける。
「ここはもう、塔の中ではございません。セルジュ様の妃であるこの私が、こうしておそばにおります。あなた様にとって、望んだ妃ではなかったでしょうが、あなた様が望むこのオルセリエの未来は、私も夢見ている未来にほかなりません。私とて、もうこの王国の王妃なのです。疲れた時には支え合いながら、ともに歩んでまいりましょう」
 私を見つめるセルジュ様の目が、困惑と動揺に揺れている。そのことを、私はありありと感じ取った。
 けれど、私は自分の気持ちを訴え続けた。どうしても今、伝えなければならない気がしたから。
 疲れ果てても決して弱音を吐くことなく、国王としての責務を全うしようとするセルジュ様の姿。それを見てきた私の胸の内に、名前の分からぬ不思議な感情が、火を灯すように広がっていく。
「頼ってください、セルジュ様。ご心配なさらずとも、私はもうここをおいて他に帰る場所などない身です。あなた様やこのオルセリエを裏切ったとて、どこに行けるというのです? 私はもう、とうにあなた様と生涯をともにする覚悟を決めているのですよ」
 そう伝えるとセルジュ様は、知らない味のものを口に含んだかのような、何だか妙な顔をした。そして唇を引き結び、まばたきもせず硬直している。
「私ばかりでは、寂しいのですが」
 そう微笑みかけると、しばらく私の目を見つめ返していた彼の耳朶が、ほんのりと朱に染まった。

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