【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
29.
長居して説得を続けることでセルジュ様の心身の負担を増やすわけにもいかないので、その後私はすぐに、彼の私室を辞した。
これからどうするべきかと一晩頭を悩ませたけれど、翌朝、セルジュ様からの呼び出しがあった。
朝食もとらず、慌てて身支度を済ませると、私は昨日と同様セルジュ様の私室に伺う。
セルジュ様は、寝台の上で起き上がっていた。
「おはようございます。具合はいかがですか?」
そばに歩み寄りながらそう問うと、セルジュ様は少しばつが悪そうな顔で目を伏せる。
「ああ、おはよう。昨日よりはだいぶいい。あのまま朝まで休んだからな。……朝食をともにどうだ」
「……ええ。ありがとうございます」
意外なお声がけに驚き、返事が少し遅れてしまった。私の方から「夕食を一緒に」と声をかけたことは何度かあったが、彼から食事に誘われたのは、この王国に来て初めてのことだった。
私の返事に頷いたセルジュ様が、傍らの側近に目配せをする。彼が私室を出て行くと、セルジュ様がさらりと言った。
「……急ぎで取り組んでいる財政、外交関係の書類を、君に共有する。内容については、食事をしながら説明しよう。それと、来週に予定している次の重臣会議に、俺とともに出席してくれ」
「……セルジュ様……」
彼の言葉に驚いた私の口から、思わず声が漏れる。
セルジュ様はその窶れた顔に穏やかな笑みを浮かべ、真っ青な美しい目で私を見つめた。
「君の言う通りだ。王国再建をかけ、失敗するわけにはいかないと意地を張り続けたが、一人ではもう無理がある。……力を貸してくれ、アリスティーヌ」
柔らかな声音が、私の名前を呼んだ。
殻にこもっていたセルジュ様が、私を信じようと、一歩踏み出してくださった。そのことが嬉しくて、ほっとして、涙が込み上げそうになる。
けれど私はそれをぐっと堪え、ただ一言、微笑みとともに返したのだった。
「もちろんでございます、セルジュ様」
彼の私室は、寝室と扉続きでもう一部屋あった。
そちらの部屋のバルコニーに朝食の準備がなされ、侍従が私たちにそれを伝える。
寝台から降り、少しふらつきつつも慎重に足を運ぶセルジュ様を気にかけながら、私たちはバルコニーへと移動した。
セルジュ様の目の前には、果実水とパン粥だけがあった。まだ食欲がないのだろう。心配しつつも、私は同じテーブルにつき、サラダやスープを口に運ぶ。
食事をしながら、セルジュ様が現在のオルセリエ王国の財政状況について少しずつ話してくださった。
「穀物は中立国の商人から買っている。だが、このままでは国庫が干上がるのも時間の問題だ」
セルジュ様はそう言いながらグラスを手に取り、果実水を流し込む。
「街道の治安も悪いままだ。戦から戻った兵の中には、職を失った者も多い。盗賊になった連中が、穀物を運ぶ商隊を襲っている」
「盗賊の被害については、市井でも何度か耳にしておりますし、慰問先の施設でも報告を受けました。輸入しても、王都に届く前に奪われてしまうこともあるのでしょうね」
「ああ。街道警備をもっと強化したいが、騎士団の人員にも限界があるからな。頭の痛い問題の一つだ」
セルジュ様は静かな声でそう言い、スプーンでパン粥を掬う。
「神殿にあった備蓄も、俺が即位してすぐに配給で放出させた。あちらもほとんど空の状態だ」
「……」
頭の中で状況を整理しながら、私はしばらく黙って考え込んだ。
「……セルジュ様。貴族領にも、備蓄穀物はあるはずですよね。余力がある領地から王家が買い上げ、王都へ集めてはどうでしょうか」
「貴族たちから?」
セルジュ様が眉間に薄く皺を寄せ、ちらりと私の顔を見た。
「はい。強制すれば反発も出るでしょうが、王家が正当に買うのであれば、応じてくれる当主らもいるはずです。あくまで戦による被害の少ない、余力のある領地にのみ交渉するんです」
セルジュ様はしばらく黙り込み、それから小さく息を吐いた。
「……一層金がかかるな」
「ですが、民が飢えればもっと高くつきます」
私がそう言うと、セルジュ様が苦笑した。
「たしかに。君の言う通りだな。暴動に、盗賊の出没……。農民がさらに減れば、来年以降の収穫量にも多大な影響が出る」
彼はそう言ってため息をつくと、スプーンを置いて腕を組んだ。
「前向きに検討しよう。……外交の方だが、敵対していない国との通商を再開すべく、現在数ヶ国との交渉を繰り返している。穀物だけでなく、塩や鉄も必要だ。国外の商人が物資を運びやすいよう、関税を下げる話も進めている」
「商隊の護衛も、騎士団だけでは足りないのでは?」
「ああ。それも問題の一つだ」
セルジュ様は短く頷き、息をついた。
悩ましげな彼の顔を見ながら、私も思考を巡らせる。
「……セルジュ様、このオルセリエ王国の強みは、何だと思われますか?」
「……強み?」
脈絡のない私の質問に、セルジュ様は怪訝そうな表情をし、思案する様子を見せながらグラスを手に取る。
「強みといえば、やはり軍だろうな。今は疲弊しきっているが、我が国の軍はよく統率が取れているうえに、実戦経験も豊富だ。兵の練度は、周辺国と比べても非常に高いはずだ。……だが、俺の治世でそこを誇示するつもりはない」
きっぱりとそう言い切ったセルジュ様の表情は固い。父王と同じ過ちを繰り返すことは決してしないという強い意志が伝わってくる。
私は言葉を選びながら口を開いた。
「ええ。前国王陛下の代では、その武力は侵略のために使われてきたのですものね。ですが……」
一度言葉を区切り、私はセルジュ様の目を見つめる。
「これからは逆の形で使うことができるのではないでしょうか」
「……逆?」
セルジュ様は眉を寄せ、そう問い返す。
「はい。戦が終わり軍を縮小したことで、行き場を失った兵は、きっと多いはずです」
「その通りだ。……その者たちに、街道警備や商隊の護衛の仕事を回す、ということか」
察しのいい彼のその言葉に頷き、私は続けた。
「ええ、そうです。それを戦後の一時的な措置ではなく、オルセリエ王国の新しい方針として整えていくのはどうでしょうか」
セルジュ様はこちらを見つめたまま、私の言葉に黙って耳を傾けている。私は頭の中で案を練り上げながら口を開く。
「街道が安全になれば、商人たちは安心して往来ができます。そうすれば、交易も少しずつ活性化するはずです。街道の護衛や、商隊の警備、ゆくゆくは、同盟国の要請に応じて国境警備まで……。オルセリエの軍がそういった役割を担う姿を見せていけば、周辺国は安心して交易を再開できるはずです」
唇を引き結んだまま私の言葉を聞いていたセルジュ様の顔が、少し険しくなる。
「そうなれば理想的ではあるが……、そんなに上手くいくとは思えない。父王は小国とあらば、見境なく戦を仕掛けていたのだ。我が国は周辺国の信頼を失いすぎている」
「ええ。たしかにその通りだと思いますわ。ですが、時間をかけてその信頼を取り戻していくほかありませんもの」
「……ふむ」
眉間に皺を刻んだセルジュ様が、小さく唸る。
「我が国が図らずも築き上げてきた軍事力を活かし、侵略国家ではなく、周辺国を守る立ち位置の国になる、ということか」
「そうです。我々オルセリエは、国王の交代により方針を完全に変えたのだと、周辺国に知らしめていくのです。攻めるのでも奪うのでもなく、友好国や同盟国を守る国に変わったのだと。もちろん、時間はかかりますが」
視線を落とし、しばらく無言のまま考え込んでいたセルジュ様は、やがて低い声を漏らした。
「……侵略軍を、交易を守る軍に変えるか。そうなればやがては報酬を得ることもできるだろうし、またとない信頼回復となるな」
「ええ。そうして周辺国との関係を、少しずつ改善していくのです」
セルジュ様は納得したように何度か小さく頷き、息を吐いた。
「攻めるためではなく、国々を守るための軍。……いいな。新しいオルセリエの、理想的な形だ」
そう言った彼の目には、初めて見る強い光があった。
「取り掛かりとして、まずは国内の治安回復と、交易の安定に努めなければな。……ありがとう、アリスティーヌ」
セルジュ様は晴れ晴れとした表情で、私の顔を見てそう言った。窶れきった面差しに、明るい色が見える。
「ええ。ですがどうぞ、ご無理なさらず。当面は私が表に立って進めてまいります。セルジュ様は、ともかく体調の回復を最優先にお考えくださいませね」
そう釘を刺すと、セルジュ様はばつが悪そうに小さく笑った。
「分かった」
これからどうするべきかと一晩頭を悩ませたけれど、翌朝、セルジュ様からの呼び出しがあった。
朝食もとらず、慌てて身支度を済ませると、私は昨日と同様セルジュ様の私室に伺う。
セルジュ様は、寝台の上で起き上がっていた。
「おはようございます。具合はいかがですか?」
そばに歩み寄りながらそう問うと、セルジュ様は少しばつが悪そうな顔で目を伏せる。
「ああ、おはよう。昨日よりはだいぶいい。あのまま朝まで休んだからな。……朝食をともにどうだ」
「……ええ。ありがとうございます」
意外なお声がけに驚き、返事が少し遅れてしまった。私の方から「夕食を一緒に」と声をかけたことは何度かあったが、彼から食事に誘われたのは、この王国に来て初めてのことだった。
私の返事に頷いたセルジュ様が、傍らの側近に目配せをする。彼が私室を出て行くと、セルジュ様がさらりと言った。
「……急ぎで取り組んでいる財政、外交関係の書類を、君に共有する。内容については、食事をしながら説明しよう。それと、来週に予定している次の重臣会議に、俺とともに出席してくれ」
「……セルジュ様……」
彼の言葉に驚いた私の口から、思わず声が漏れる。
セルジュ様はその窶れた顔に穏やかな笑みを浮かべ、真っ青な美しい目で私を見つめた。
「君の言う通りだ。王国再建をかけ、失敗するわけにはいかないと意地を張り続けたが、一人ではもう無理がある。……力を貸してくれ、アリスティーヌ」
柔らかな声音が、私の名前を呼んだ。
殻にこもっていたセルジュ様が、私を信じようと、一歩踏み出してくださった。そのことが嬉しくて、ほっとして、涙が込み上げそうになる。
けれど私はそれをぐっと堪え、ただ一言、微笑みとともに返したのだった。
「もちろんでございます、セルジュ様」
彼の私室は、寝室と扉続きでもう一部屋あった。
そちらの部屋のバルコニーに朝食の準備がなされ、侍従が私たちにそれを伝える。
寝台から降り、少しふらつきつつも慎重に足を運ぶセルジュ様を気にかけながら、私たちはバルコニーへと移動した。
セルジュ様の目の前には、果実水とパン粥だけがあった。まだ食欲がないのだろう。心配しつつも、私は同じテーブルにつき、サラダやスープを口に運ぶ。
食事をしながら、セルジュ様が現在のオルセリエ王国の財政状況について少しずつ話してくださった。
「穀物は中立国の商人から買っている。だが、このままでは国庫が干上がるのも時間の問題だ」
セルジュ様はそう言いながらグラスを手に取り、果実水を流し込む。
「街道の治安も悪いままだ。戦から戻った兵の中には、職を失った者も多い。盗賊になった連中が、穀物を運ぶ商隊を襲っている」
「盗賊の被害については、市井でも何度か耳にしておりますし、慰問先の施設でも報告を受けました。輸入しても、王都に届く前に奪われてしまうこともあるのでしょうね」
「ああ。街道警備をもっと強化したいが、騎士団の人員にも限界があるからな。頭の痛い問題の一つだ」
セルジュ様は静かな声でそう言い、スプーンでパン粥を掬う。
「神殿にあった備蓄も、俺が即位してすぐに配給で放出させた。あちらもほとんど空の状態だ」
「……」
頭の中で状況を整理しながら、私はしばらく黙って考え込んだ。
「……セルジュ様。貴族領にも、備蓄穀物はあるはずですよね。余力がある領地から王家が買い上げ、王都へ集めてはどうでしょうか」
「貴族たちから?」
セルジュ様が眉間に薄く皺を寄せ、ちらりと私の顔を見た。
「はい。強制すれば反発も出るでしょうが、王家が正当に買うのであれば、応じてくれる当主らもいるはずです。あくまで戦による被害の少ない、余力のある領地にのみ交渉するんです」
セルジュ様はしばらく黙り込み、それから小さく息を吐いた。
「……一層金がかかるな」
「ですが、民が飢えればもっと高くつきます」
私がそう言うと、セルジュ様が苦笑した。
「たしかに。君の言う通りだな。暴動に、盗賊の出没……。農民がさらに減れば、来年以降の収穫量にも多大な影響が出る」
彼はそう言ってため息をつくと、スプーンを置いて腕を組んだ。
「前向きに検討しよう。……外交の方だが、敵対していない国との通商を再開すべく、現在数ヶ国との交渉を繰り返している。穀物だけでなく、塩や鉄も必要だ。国外の商人が物資を運びやすいよう、関税を下げる話も進めている」
「商隊の護衛も、騎士団だけでは足りないのでは?」
「ああ。それも問題の一つだ」
セルジュ様は短く頷き、息をついた。
悩ましげな彼の顔を見ながら、私も思考を巡らせる。
「……セルジュ様、このオルセリエ王国の強みは、何だと思われますか?」
「……強み?」
脈絡のない私の質問に、セルジュ様は怪訝そうな表情をし、思案する様子を見せながらグラスを手に取る。
「強みといえば、やはり軍だろうな。今は疲弊しきっているが、我が国の軍はよく統率が取れているうえに、実戦経験も豊富だ。兵の練度は、周辺国と比べても非常に高いはずだ。……だが、俺の治世でそこを誇示するつもりはない」
きっぱりとそう言い切ったセルジュ様の表情は固い。父王と同じ過ちを繰り返すことは決してしないという強い意志が伝わってくる。
私は言葉を選びながら口を開いた。
「ええ。前国王陛下の代では、その武力は侵略のために使われてきたのですものね。ですが……」
一度言葉を区切り、私はセルジュ様の目を見つめる。
「これからは逆の形で使うことができるのではないでしょうか」
「……逆?」
セルジュ様は眉を寄せ、そう問い返す。
「はい。戦が終わり軍を縮小したことで、行き場を失った兵は、きっと多いはずです」
「その通りだ。……その者たちに、街道警備や商隊の護衛の仕事を回す、ということか」
察しのいい彼のその言葉に頷き、私は続けた。
「ええ、そうです。それを戦後の一時的な措置ではなく、オルセリエ王国の新しい方針として整えていくのはどうでしょうか」
セルジュ様はこちらを見つめたまま、私の言葉に黙って耳を傾けている。私は頭の中で案を練り上げながら口を開く。
「街道が安全になれば、商人たちは安心して往来ができます。そうすれば、交易も少しずつ活性化するはずです。街道の護衛や、商隊の警備、ゆくゆくは、同盟国の要請に応じて国境警備まで……。オルセリエの軍がそういった役割を担う姿を見せていけば、周辺国は安心して交易を再開できるはずです」
唇を引き結んだまま私の言葉を聞いていたセルジュ様の顔が、少し険しくなる。
「そうなれば理想的ではあるが……、そんなに上手くいくとは思えない。父王は小国とあらば、見境なく戦を仕掛けていたのだ。我が国は周辺国の信頼を失いすぎている」
「ええ。たしかにその通りだと思いますわ。ですが、時間をかけてその信頼を取り戻していくほかありませんもの」
「……ふむ」
眉間に皺を刻んだセルジュ様が、小さく唸る。
「我が国が図らずも築き上げてきた軍事力を活かし、侵略国家ではなく、周辺国を守る立ち位置の国になる、ということか」
「そうです。我々オルセリエは、国王の交代により方針を完全に変えたのだと、周辺国に知らしめていくのです。攻めるのでも奪うのでもなく、友好国や同盟国を守る国に変わったのだと。もちろん、時間はかかりますが」
視線を落とし、しばらく無言のまま考え込んでいたセルジュ様は、やがて低い声を漏らした。
「……侵略軍を、交易を守る軍に変えるか。そうなればやがては報酬を得ることもできるだろうし、またとない信頼回復となるな」
「ええ。そうして周辺国との関係を、少しずつ改善していくのです」
セルジュ様は納得したように何度か小さく頷き、息を吐いた。
「攻めるためではなく、国々を守るための軍。……いいな。新しいオルセリエの、理想的な形だ」
そう言った彼の目には、初めて見る強い光があった。
「取り掛かりとして、まずは国内の治安回復と、交易の安定に努めなければな。……ありがとう、アリスティーヌ」
セルジュ様は晴れ晴れとした表情で、私の顔を見てそう言った。窶れきった面差しに、明るい色が見える。
「ええ。ですがどうぞ、ご無理なさらず。当面は私が表に立って進めてまいります。セルジュ様は、ともかく体調の回復を最優先にお考えくださいませね」
そう釘を刺すと、セルジュ様はばつが悪そうに小さく笑った。
「分かった」