【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
33.
「セルジュ様……っ!!」
立ち上がった私はセルジュ様の前に出ると、彼を守るため自分の胸元に強く抱き寄せる。
自分の背中を襲うであろう、痛みと衝撃を覚悟した。
けれど、一瞬の間を置いて、金属がぶつかる鈍い音が響く。
(…………。……あ、あれ?)
目を閉じ、息を止めていた私は、首だけをこわごわと動かす。
振り返ると、そばにいた騎士が女性の腕を捻り上げていた。叩き落とされたらしい刃物が、地面に落ちている。
そして私の肩にかけられていたセルジュ様の外套も、同じように地面に落ちていた。
ああ、汚してしまったわ……などと頭をよぎった、その時だった。
「コホン。ア……、アリスティーヌ」
(……ん?)
自分の胸元から聞こえた低い声に、束の間固まる。
そしてその直後、私はおそるおそる視線を胸元に下げた。
(〜〜〜〜っ!?)
あろうことか、私はセルジュ様の後頭部と背中に両腕を回し、がっしりと抱き寄せ、自分の胸に密着させていたのだ。
しかも、まるでセルジュ様に跨るような体勢で。
赤く染まったセルジュ様の額が見えた途端、汗が浮き、恥ずかしさで全身が一気に茹だった。
「しっ……! 失礼いたしました! わ、私ったら……!」
見苦しく慌てふためきながら、私は急いでセルジュ様から離れ後ずさり、距離をとる。頬がジンジンと熱い。
セルジュ様も耳まで赤くなり、私から目を逸らすと、手で口元を覆った。
「いや……、ブレイスもいないし、不安にもなるよな。だが、まぁ、我が国の騎士たちは優秀だ。うん」
そんなことをもごもごと言いながら動揺しているセルジュ様に、申し訳なさと恥ずかしさが募る。
その時、エミナとロゼルが私のもとへと駆け寄ってきた。
「お怪我はございませんか!? アリスティーヌ様……!」
「え、ええ。全くないわ」
顔をひきつらせながら、必死で呼吸を整えつつそう答える。顔から湯気が出ていなかったらいいけれど。
セルジュ様の侍従らも彼のそばにすぐさま侍り、外套を拾ったり無事を確認したりしてくれている。
そんな私たちの背後で、先ほどの女性が騎士に腕を捻り上げられたまま叫んでいた。
「離してよ! 離せ!! 王家なんて、私たちの人生のことなんか何も考えてくれていない……! わ、私の恋人は戦に行ったまま、帰ってこないわ。あんたたちのせいよ!! 返してよ……返して……」
その声に我に返り、私は女性に視線を移す。
広場にいる人々の注目を一身に浴びながら、彼女は取り押さえられてもなお叫び続けていた。その声は、やがてか細く消えていく。
痩せ細ったその若い女性の顔には、怒りと絶望が入り混じっていた。
涙に濡れた頬に、縮れた赤毛が貼り付いている。
その悲痛な姿に胸が締め付けられ、言葉が出ない。
すると、セルジュ様が静かに立ち上がり、女性の方へゆっくりと近付いた。
周囲の人々は皆動きを止め、セルジュ様の様子を窺っている。
静まり返った場所に、セルジュ様の落ち着いた声が響く。
「……名は」
問われた女性は、しばしの間息を乱したままセルジュ様を睨んでいた。けれどやがて目を逸らし、消え入るような声で答えた。
「……ミラ……」
「ミラか」
セルジュ様は、わずかに頷いた。
「お前の恋人のことは、王である俺の責任だ」
広場にわずかなざわめきが走り、ミラと名乗った女性の目が、一瞬大きく見開かれた。
「……だが」
セルジュ様は低い声で続ける。
「王に刃を向けた罪を、なかったことにはできない。ここで見すごせば、この国の秩序そのものが崩れる」
逃げ場のない現実を、彼は静かに告げる。
「ミラ、君の罪は、法に従って裁かねばならない」
女性の体が、びくりと震えた。
「……だが、それだけで終わりにはしない」
セルジュ様は、彼女を真っ直ぐに見つめる。女性は怯えたようにゆっくりと顔を上げ、セルジュ様に視線を向ける。
「戦で家族を失った者、行き場をなくした者たちが、このように刃を取らずに済む国にしていく。それが、俺の責務だ」
決して大きくはない彼の声が、静まり返った広場に響く。
「君の怒りも悲しみも、決してなかったことにはしない」
そう言うと、セルジュ様は女性を捕らえている騎士たちに告げた。
「この者を王都の詰所へ連れていけ。身元と事情を調べたうえで、法に従い処罰せよ」
「はっ」
騎士たちは女性の腕を固めたまま、広場の外へと連行していく。彼女はもう抵抗することなく、項垂れたまま大人しく従っていた。
国王に刃を向けたのだ。未遂とはいえ、軽い罰で済むはずがない。
拘束のうえでの取り調べが行われた後、相応の処罰が下されるだろう。投獄か、あるいは労役か。
彼女の事情が正しく酌まれた処分が下りているか、後日私も確認しなければ。
彼らの姿が見えなくなると、セルジュ様は広場を見渡した。
誰もが息を潜め、固唾を呑んでこちらを見守っている。
セルジュ様はこの場の全員に宣言するように、皆を見渡しながら声を上げた。
「前王の始めた戦のために、家族を失った者、暮らしを壊された者が大勢いることは理解している。……この国の王として、皆の苦しみに報いきれていない現状を、深く詫びる」
(……セルジュ様……)
自分が幽閉されていたという言い逃れなどは一切せず、彼は毅然とした態度で、そう謝罪の言葉を述べた。
人々は身動き一つせず、セルジュ様を見つめている。
彼はそんな一人ひとりに視線を巡らせた。
「このままでは決して終わらせない。この国の王として、皆の失われた暮らしを立て直すために働く。今日のように絶望から刃を取る者が、もう出ることのないように」
そう語るセルジュ様の言葉を、誰もが口を開くことなく静かに聞いていた。
私たち二人はそのまま馬車に戻り、王宮への帰路についた。
その後のセルジュ様は、言葉少なだった。
小窓の方に向いているセルジュ様の横顔を、私はただ見つめていた。
民の怒りを真正面から受け止めた彼の姿は、直前まで隣で穏やかに言葉を交わしていた人とは思えないほど強く、揺るぎなかった。
重くのしかかる責任の全てを自分の背に引き受ける覚悟で、彼は立っていた。
その誠実さや責任感には、これまで幾度となく触れてきたはずなのに。
私はそんなセルジュ様の姿に、胸がいっぱいになっていた。
この国と民たちのために立ち上がり、前に進んでいく彼の姿を、一番近くで見守っていたい。そして誰よりも、この人の役に立ちたい。そんなことを思っている自分に、少しだけ驚く。
外套をかけてもらった時の、甘く清潔な香りが、鮮やかに思い出された。
丸太のベンチでの動揺は、さっきの出来事でいつの間にかすっかり忘れていた。それなのに。
セルジュ様の美しい横顔を見つめる私の鼓動は、まだ速いままだった。
立ち上がった私はセルジュ様の前に出ると、彼を守るため自分の胸元に強く抱き寄せる。
自分の背中を襲うであろう、痛みと衝撃を覚悟した。
けれど、一瞬の間を置いて、金属がぶつかる鈍い音が響く。
(…………。……あ、あれ?)
目を閉じ、息を止めていた私は、首だけをこわごわと動かす。
振り返ると、そばにいた騎士が女性の腕を捻り上げていた。叩き落とされたらしい刃物が、地面に落ちている。
そして私の肩にかけられていたセルジュ様の外套も、同じように地面に落ちていた。
ああ、汚してしまったわ……などと頭をよぎった、その時だった。
「コホン。ア……、アリスティーヌ」
(……ん?)
自分の胸元から聞こえた低い声に、束の間固まる。
そしてその直後、私はおそるおそる視線を胸元に下げた。
(〜〜〜〜っ!?)
あろうことか、私はセルジュ様の後頭部と背中に両腕を回し、がっしりと抱き寄せ、自分の胸に密着させていたのだ。
しかも、まるでセルジュ様に跨るような体勢で。
赤く染まったセルジュ様の額が見えた途端、汗が浮き、恥ずかしさで全身が一気に茹だった。
「しっ……! 失礼いたしました! わ、私ったら……!」
見苦しく慌てふためきながら、私は急いでセルジュ様から離れ後ずさり、距離をとる。頬がジンジンと熱い。
セルジュ様も耳まで赤くなり、私から目を逸らすと、手で口元を覆った。
「いや……、ブレイスもいないし、不安にもなるよな。だが、まぁ、我が国の騎士たちは優秀だ。うん」
そんなことをもごもごと言いながら動揺しているセルジュ様に、申し訳なさと恥ずかしさが募る。
その時、エミナとロゼルが私のもとへと駆け寄ってきた。
「お怪我はございませんか!? アリスティーヌ様……!」
「え、ええ。全くないわ」
顔をひきつらせながら、必死で呼吸を整えつつそう答える。顔から湯気が出ていなかったらいいけれど。
セルジュ様の侍従らも彼のそばにすぐさま侍り、外套を拾ったり無事を確認したりしてくれている。
そんな私たちの背後で、先ほどの女性が騎士に腕を捻り上げられたまま叫んでいた。
「離してよ! 離せ!! 王家なんて、私たちの人生のことなんか何も考えてくれていない……! わ、私の恋人は戦に行ったまま、帰ってこないわ。あんたたちのせいよ!! 返してよ……返して……」
その声に我に返り、私は女性に視線を移す。
広場にいる人々の注目を一身に浴びながら、彼女は取り押さえられてもなお叫び続けていた。その声は、やがてか細く消えていく。
痩せ細ったその若い女性の顔には、怒りと絶望が入り混じっていた。
涙に濡れた頬に、縮れた赤毛が貼り付いている。
その悲痛な姿に胸が締め付けられ、言葉が出ない。
すると、セルジュ様が静かに立ち上がり、女性の方へゆっくりと近付いた。
周囲の人々は皆動きを止め、セルジュ様の様子を窺っている。
静まり返った場所に、セルジュ様の落ち着いた声が響く。
「……名は」
問われた女性は、しばしの間息を乱したままセルジュ様を睨んでいた。けれどやがて目を逸らし、消え入るような声で答えた。
「……ミラ……」
「ミラか」
セルジュ様は、わずかに頷いた。
「お前の恋人のことは、王である俺の責任だ」
広場にわずかなざわめきが走り、ミラと名乗った女性の目が、一瞬大きく見開かれた。
「……だが」
セルジュ様は低い声で続ける。
「王に刃を向けた罪を、なかったことにはできない。ここで見すごせば、この国の秩序そのものが崩れる」
逃げ場のない現実を、彼は静かに告げる。
「ミラ、君の罪は、法に従って裁かねばならない」
女性の体が、びくりと震えた。
「……だが、それだけで終わりにはしない」
セルジュ様は、彼女を真っ直ぐに見つめる。女性は怯えたようにゆっくりと顔を上げ、セルジュ様に視線を向ける。
「戦で家族を失った者、行き場をなくした者たちが、このように刃を取らずに済む国にしていく。それが、俺の責務だ」
決して大きくはない彼の声が、静まり返った広場に響く。
「君の怒りも悲しみも、決してなかったことにはしない」
そう言うと、セルジュ様は女性を捕らえている騎士たちに告げた。
「この者を王都の詰所へ連れていけ。身元と事情を調べたうえで、法に従い処罰せよ」
「はっ」
騎士たちは女性の腕を固めたまま、広場の外へと連行していく。彼女はもう抵抗することなく、項垂れたまま大人しく従っていた。
国王に刃を向けたのだ。未遂とはいえ、軽い罰で済むはずがない。
拘束のうえでの取り調べが行われた後、相応の処罰が下されるだろう。投獄か、あるいは労役か。
彼女の事情が正しく酌まれた処分が下りているか、後日私も確認しなければ。
彼らの姿が見えなくなると、セルジュ様は広場を見渡した。
誰もが息を潜め、固唾を呑んでこちらを見守っている。
セルジュ様はこの場の全員に宣言するように、皆を見渡しながら声を上げた。
「前王の始めた戦のために、家族を失った者、暮らしを壊された者が大勢いることは理解している。……この国の王として、皆の苦しみに報いきれていない現状を、深く詫びる」
(……セルジュ様……)
自分が幽閉されていたという言い逃れなどは一切せず、彼は毅然とした態度で、そう謝罪の言葉を述べた。
人々は身動き一つせず、セルジュ様を見つめている。
彼はそんな一人ひとりに視線を巡らせた。
「このままでは決して終わらせない。この国の王として、皆の失われた暮らしを立て直すために働く。今日のように絶望から刃を取る者が、もう出ることのないように」
そう語るセルジュ様の言葉を、誰もが口を開くことなく静かに聞いていた。
私たち二人はそのまま馬車に戻り、王宮への帰路についた。
その後のセルジュ様は、言葉少なだった。
小窓の方に向いているセルジュ様の横顔を、私はただ見つめていた。
民の怒りを真正面から受け止めた彼の姿は、直前まで隣で穏やかに言葉を交わしていた人とは思えないほど強く、揺るぎなかった。
重くのしかかる責任の全てを自分の背に引き受ける覚悟で、彼は立っていた。
その誠実さや責任感には、これまで幾度となく触れてきたはずなのに。
私はそんなセルジュ様の姿に、胸がいっぱいになっていた。
この国と民たちのために立ち上がり、前に進んでいく彼の姿を、一番近くで見守っていたい。そして誰よりも、この人の役に立ちたい。そんなことを思っている自分に、少しだけ驚く。
外套をかけてもらった時の、甘く清潔な香りが、鮮やかに思い出された。
丸太のベンチでの動揺は、さっきの出来事でいつの間にかすっかり忘れていた。それなのに。
セルジュ様の美しい横顔を見つめる私の鼓動は、まだ速いままだった。