【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
35.
その後も、私とセルジュ様の奮闘の日々は続いた。
街道警備隊は着実に整備され、各所の警備や商隊の護衛をこなすことに慣れてきた。
軍も整え直し、ヴォルグの指揮のもと、国境警備の任や各地でたびたび起こる暴動の鎮圧、それに復興支援に関わる作業にも向かっていた。
周辺国との通商も徐々に活発になり、関税収入はわずかながら増えはじめていた。
それに伴い、市井に出回る食料も、以前に比べれば幾分か持ち直してはいる。とはいえ、いまだ決して潤沢とは言えず、値もなお高止まりしたままだ。
戦の相手国らには、セルジュ様とともに一通ずつ内容を精査し、条件を練り直しながら書簡の往復を重ねてきた。そしてようやく、その返答に変化が見えはじめた。
捕虜交換については一部で合意に至り、停滞していた交渉も、少しずつ動き出した。さらに、小規模ではあるものの、試験的に通商の再開を認める国も出てきていた。
書簡のみならず、互いに使者を立てた直接のやり取りも行われるようになり、条件のすり合わせは次第に前へ進んでいた。中立地での短時間の会談が設けられることもあり、限られた場ではあるけれど、顔を合わせた上での交渉も始まっていた。
セルジュ様とはいつの間にか、日々の食事をともにすることが当たり前になっていた。どちらも王宮にいる時は、必ず食堂で一緒にとり、政務に関する話はもちろんのこと、日常のささいな出来事や互いの価値観について、たくさんの話をした。
セルジュ様の体調はすっかり回復し、ますます精力的に公務に臨むようになっていた。
ともに仕事を進め、食事をし。気付けば私は王宮にいる時間の多くを、セルジュ様のそばで過ごすようになっていた。
そして、こんな風に距離が縮まるほどに、ますます彼に惹かれていく自分がいた。
大きな責任を一身に背負いながらも、決して弱音を吐かないその強さ。民に寄り添い、彼らの苦労を理解し改善しようと努める誠実さ。
そして、この私のことを一人の人間として、妃として尊重し、対等に接してくれるその実直さ。
けれど、私が心の内でどんなに彼に惹かれようとも、私たちの関係はそれ以上進むことはなかった。
夕食が終わり、一日の報告が済めば、互いに「おやすみ」の挨拶を交わし、それぞれ私室へと戻っていく。
私たちが本当の夫婦として寝室をともにすることは、ただの一度もなかった。
時折セルジュ様が、何か言いたげに私の顔を見つめては、静かに目を逸らすことがあった。けれど、どうしたのかと尋ねても、彼は「……いや、何でもない」と目を伏せるだけ。
(……セルジュ様にとって、私はあくまで公務を行う上でのパートナーでしかないんだろうな……)
食堂を出て彼の背中を見送るたび、夜、一日の報告を終えて彼の執務室を出るたび、私は一抹の寂しさを感じていた。
けれど、そんな自分の気持ちにはそっと蓋をし、私は仕事に没頭するよう努めたのだった。
そうして、さらに半年ほどの月日が流れた。王国全体にわずかながら立ち直りの兆しは見えるものの、祈りを捧げ、民たちのために奔走し続けても、私の持つ加護の力が芽吹く気配はない。
何が足りないのだろう。どうすればこの国を救えるのだろう。その答えも見えないまま、私がこのオルセリエ王国に嫁いできて、すでに一年以上が経っていた。
そんなある日の早朝、私はいつものように神殿へと向かった。
静謐な祈りの間で、私は膝を折り、瞼を閉じる。
(懸命に生きるこの王国の全ての民たちの暮らしを、神よ、どうかお守りください。傷ついた者たちの心に慰めを。荒れた大地に恵みを。この国に、どうか再び穏やかな日々をお授けくださいませ)
胸の奥でそっと願いを結び、私はゆっくりと息を吐いた。
組んだ指先の温もりを感じながら、静かに目を開く。
窓から差し込む光が、何だかいつもよりも暖かく感じた。
祈りの間を出て、待っていてくれたエミナやロゼルとともに廊下を歩き、正面扉へと向かう。この後は一度王宮に戻り、いつものように執務をこなし、セルジュ様とともに昼食をとった後、各施設への慰問に向かう予定だ。
扉のそばでは、神官長が私を見送るために、毎朝欠かさず待っていてくれる。今日も真っ直ぐな廊下の先にその姿を認めそちらへと向かいながら、ふと、私の視線は窓の下に並んでいるリネラの鉢植えへと滑った。視界の端に映るものが、何だかいつもと違う気がしたのだ。
(……?)
見ると、相変わらず蕾の枯れた鉢植えが並ぶ中で、一つの鉢だけ様子が違った。
「……え? 咲いてる……?」
「いかがなさいましたか? アリスティーヌ様」
私の呟きに、ロゼルが背後から声をかけてくる。私は鉢を指差しながら、彼女に問いかけた。
「ね、見て。あの鉢……、白い花が……」
すると、エミナが「まぁっ」と声を上げた。
「本当ですね! リネラの花が咲いています! わぁ……、いつぶりかしら。咲いたリネラを見るのは」
「あら……、本当だわ」
高揚するエミナと戸惑うロゼルの声を背に、私の足は窓際へと向かう。そして鉢の前でそっと屈んだ。
「これが、リネラの花……。なんて綺麗なの……」
ふんわりと柔らかく広がる白い花びらは、内側へいくほど淡い水色から青へと移ろい、その色はまるで、晴れた日の空と雲を映し取ったかのようだった。
光を受けたリネラの花は、かすかに透けるような質感を帯び、触れれば消えてしまいそうな幻想的な儚さを宿している。
一目見ただけで気に入り、私はその花を指先でそっと撫でた。
「妃陛下、いかがされましたか? ……おや」
いつの間にかそばへとやって来ていた神官長も、鉢植えの変化に気付き声を上げた。
「なんと……! ようやく咲いてくれましたか。おお、可愛らしい。綺麗に開きましたなぁ」
「これがこのオルセリエの国花、リネラなのですね。可憐で美しくて、とても素敵だわ」
私がそう言うと、神官長は目を糸のように細くし、満足げに何度も首肯する。
「お気に召したようで、何よりでございます。もう何年も、ただの一輪たりとも咲いてはくれませんでしたが……。諦めずに世話を続けた甲斐があったというものです。妃陛下の献身的なお姿に、リネラも応えてくれたのかもしれませんな」
「ま、ふふ。そうだと嬉しいけれど」
そう言って立ち上がりながら神官長と微笑み合い、私は神殿を後にした。
「もっとたくさん咲くといいですね、リネラ」
外に出ると、エミナが楽しそうにそんなことを言う。
「ええ。あの並んだ鉢植えいっぱいに咲いたら、本当に綺麗でしょうね」
そう答えながら馬車まで歩いていると、ロゼルがぽつりと言った。
「不思議ですね……。これまでどんなにお世話をしても全く咲かなくなっていたリネラが、突然眠りから目覚めたように開くだなんて」
「目覚めたんじゃないかしら? 戦が恐ろしくて何年も目を閉じていたけれど、陛下やアリスティーヌ様の奮闘ぶりを見て、この方々が治める国ならもう大丈夫だなって、安心して顔を上げたんじゃない?」
「まぁ、エミナったら」
ロゼルとエミナの楽しげな会話に小さく笑いながら、私は馬車へと乗り込んだのだった。
街道警備隊は着実に整備され、各所の警備や商隊の護衛をこなすことに慣れてきた。
軍も整え直し、ヴォルグの指揮のもと、国境警備の任や各地でたびたび起こる暴動の鎮圧、それに復興支援に関わる作業にも向かっていた。
周辺国との通商も徐々に活発になり、関税収入はわずかながら増えはじめていた。
それに伴い、市井に出回る食料も、以前に比べれば幾分か持ち直してはいる。とはいえ、いまだ決して潤沢とは言えず、値もなお高止まりしたままだ。
戦の相手国らには、セルジュ様とともに一通ずつ内容を精査し、条件を練り直しながら書簡の往復を重ねてきた。そしてようやく、その返答に変化が見えはじめた。
捕虜交換については一部で合意に至り、停滞していた交渉も、少しずつ動き出した。さらに、小規模ではあるものの、試験的に通商の再開を認める国も出てきていた。
書簡のみならず、互いに使者を立てた直接のやり取りも行われるようになり、条件のすり合わせは次第に前へ進んでいた。中立地での短時間の会談が設けられることもあり、限られた場ではあるけれど、顔を合わせた上での交渉も始まっていた。
セルジュ様とはいつの間にか、日々の食事をともにすることが当たり前になっていた。どちらも王宮にいる時は、必ず食堂で一緒にとり、政務に関する話はもちろんのこと、日常のささいな出来事や互いの価値観について、たくさんの話をした。
セルジュ様の体調はすっかり回復し、ますます精力的に公務に臨むようになっていた。
ともに仕事を進め、食事をし。気付けば私は王宮にいる時間の多くを、セルジュ様のそばで過ごすようになっていた。
そして、こんな風に距離が縮まるほどに、ますます彼に惹かれていく自分がいた。
大きな責任を一身に背負いながらも、決して弱音を吐かないその強さ。民に寄り添い、彼らの苦労を理解し改善しようと努める誠実さ。
そして、この私のことを一人の人間として、妃として尊重し、対等に接してくれるその実直さ。
けれど、私が心の内でどんなに彼に惹かれようとも、私たちの関係はそれ以上進むことはなかった。
夕食が終わり、一日の報告が済めば、互いに「おやすみ」の挨拶を交わし、それぞれ私室へと戻っていく。
私たちが本当の夫婦として寝室をともにすることは、ただの一度もなかった。
時折セルジュ様が、何か言いたげに私の顔を見つめては、静かに目を逸らすことがあった。けれど、どうしたのかと尋ねても、彼は「……いや、何でもない」と目を伏せるだけ。
(……セルジュ様にとって、私はあくまで公務を行う上でのパートナーでしかないんだろうな……)
食堂を出て彼の背中を見送るたび、夜、一日の報告を終えて彼の執務室を出るたび、私は一抹の寂しさを感じていた。
けれど、そんな自分の気持ちにはそっと蓋をし、私は仕事に没頭するよう努めたのだった。
そうして、さらに半年ほどの月日が流れた。王国全体にわずかながら立ち直りの兆しは見えるものの、祈りを捧げ、民たちのために奔走し続けても、私の持つ加護の力が芽吹く気配はない。
何が足りないのだろう。どうすればこの国を救えるのだろう。その答えも見えないまま、私がこのオルセリエ王国に嫁いできて、すでに一年以上が経っていた。
そんなある日の早朝、私はいつものように神殿へと向かった。
静謐な祈りの間で、私は膝を折り、瞼を閉じる。
(懸命に生きるこの王国の全ての民たちの暮らしを、神よ、どうかお守りください。傷ついた者たちの心に慰めを。荒れた大地に恵みを。この国に、どうか再び穏やかな日々をお授けくださいませ)
胸の奥でそっと願いを結び、私はゆっくりと息を吐いた。
組んだ指先の温もりを感じながら、静かに目を開く。
窓から差し込む光が、何だかいつもよりも暖かく感じた。
祈りの間を出て、待っていてくれたエミナやロゼルとともに廊下を歩き、正面扉へと向かう。この後は一度王宮に戻り、いつものように執務をこなし、セルジュ様とともに昼食をとった後、各施設への慰問に向かう予定だ。
扉のそばでは、神官長が私を見送るために、毎朝欠かさず待っていてくれる。今日も真っ直ぐな廊下の先にその姿を認めそちらへと向かいながら、ふと、私の視線は窓の下に並んでいるリネラの鉢植えへと滑った。視界の端に映るものが、何だかいつもと違う気がしたのだ。
(……?)
見ると、相変わらず蕾の枯れた鉢植えが並ぶ中で、一つの鉢だけ様子が違った。
「……え? 咲いてる……?」
「いかがなさいましたか? アリスティーヌ様」
私の呟きに、ロゼルが背後から声をかけてくる。私は鉢を指差しながら、彼女に問いかけた。
「ね、見て。あの鉢……、白い花が……」
すると、エミナが「まぁっ」と声を上げた。
「本当ですね! リネラの花が咲いています! わぁ……、いつぶりかしら。咲いたリネラを見るのは」
「あら……、本当だわ」
高揚するエミナと戸惑うロゼルの声を背に、私の足は窓際へと向かう。そして鉢の前でそっと屈んだ。
「これが、リネラの花……。なんて綺麗なの……」
ふんわりと柔らかく広がる白い花びらは、内側へいくほど淡い水色から青へと移ろい、その色はまるで、晴れた日の空と雲を映し取ったかのようだった。
光を受けたリネラの花は、かすかに透けるような質感を帯び、触れれば消えてしまいそうな幻想的な儚さを宿している。
一目見ただけで気に入り、私はその花を指先でそっと撫でた。
「妃陛下、いかがされましたか? ……おや」
いつの間にかそばへとやって来ていた神官長も、鉢植えの変化に気付き声を上げた。
「なんと……! ようやく咲いてくれましたか。おお、可愛らしい。綺麗に開きましたなぁ」
「これがこのオルセリエの国花、リネラなのですね。可憐で美しくて、とても素敵だわ」
私がそう言うと、神官長は目を糸のように細くし、満足げに何度も首肯する。
「お気に召したようで、何よりでございます。もう何年も、ただの一輪たりとも咲いてはくれませんでしたが……。諦めずに世話を続けた甲斐があったというものです。妃陛下の献身的なお姿に、リネラも応えてくれたのかもしれませんな」
「ま、ふふ。そうだと嬉しいけれど」
そう言って立ち上がりながら神官長と微笑み合い、私は神殿を後にした。
「もっとたくさん咲くといいですね、リネラ」
外に出ると、エミナが楽しそうにそんなことを言う。
「ええ。あの並んだ鉢植えいっぱいに咲いたら、本当に綺麗でしょうね」
そう答えながら馬車まで歩いていると、ロゼルがぽつりと言った。
「不思議ですね……。これまでどんなにお世話をしても全く咲かなくなっていたリネラが、突然眠りから目覚めたように開くだなんて」
「目覚めたんじゃないかしら? 戦が恐ろしくて何年も目を閉じていたけれど、陛下やアリスティーヌ様の奮闘ぶりを見て、この方々が治める国ならもう大丈夫だなって、安心して顔を上げたんじゃない?」
「まぁ、エミナったら」
ロゼルとエミナの楽しげな会話に小さく笑いながら、私は馬車へと乗り込んだのだった。