【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
36.
慰問を始めて一年以上、私は救護院などの各施設にある畑を、皆とともに懸命に手入れしてきた。
けれど、長年使い続けてきた土はすでに痩せきっているせいなのか、日当たりの問題なのか、肥料を入れて改良を重ねても、思うような成果には届かない。焼け石に水の状態は、なかなか改善されなかった。
各施設の周辺にある放置された畑にも、積極的に手を入れていた。
近隣の農民たちの多くが戦によって離散し、耕す者もいないまま放置されている場所がいくつもあったのだ。そのような畑の一部を王家管轄のもと、当面は救護院で管理することにしていた。
けれど、戦の間軍の駐屯地として使われていた土地などは、馬と兵に踏み荒らされ、やはり土がすっかり力を失っている。固い土では、思うように作物が育たない。種を蒔いても芽はまばらで、出たとしても弱々しかった。
私は皆とともに、できることを一つずつ試していった。
家畜の糞を集めて発酵させ、土に混ぜ込み、枯れ草や落ち葉をすき込み、少しずつ土を柔らかくする。
水路を引き直し、無駄なく水が行き渡るよう整える。
どれもすぐには結果の出ない地道な作業だったけれど、皆文句ひとつ言わず手を動かしてくれていた。
そんな日々を何ヶ月も繰り返し、迎えた今日。
私はまず、この国で最初に慰問をした救護院を訪れた。いつものように、同行しているのはヴォルグたち騎士団員、そしてエミナとロゼルだ。街道警備隊の指揮や王国騎士団再編の責任者として多忙を極めるヴォルグだけれど、私が慰問に出る時はずっと変わらず、可能な限り付き添ってくれている。
挨拶を済ませた後、施設長は心底ほっとした様子でこう言った。
「長い間起き上がることのできなかった病人たちの容態が、目に見えて良くなってきております。薬が切れることのないよう、王妃陛下がずっと心を砕いてくださっていたおかげかと……。本当にありがとうございます」
「まぁ。それはよかったわ……! 薬がちゃんと効いているのね」
その報告を喜び、病人たちを見舞った後、私の訪れを待っていてくれた子どもたちと少し遊んであげた。その後、皆を連れ救護院の裏にある畑へと向かう。ここもこまめに手入れを続けているけれど、なかなか思うような成果の出ていない畑の一つだった。
裏門から救護院の敷地を出て、施設の女性たちとお喋りをしながら畑に向かっていると、先頭を歩いていたレニーがふと立ち止まり、声を上げた。
「……あれ?」
「どうしたの? レニー。大丈夫?」
突然足を止めたレニーを気遣いそう声をかけた途端、レニーは返事もせずに畑へと走り出した。
(……?)
怪訝に思いその背中を見守りながらついて行くと、いち早く畑へと辿り着いたレニーが、満面の笑みで振り返る。
「王妃様!! 芽がたくさん出てるよ! 見て!」
「……え? 本当?」
その言葉に、私のみならず一緒にいた女性たちも、「あらっ」「まさか。本当かい? レニー」などと言いながら、早足で畑へと向かう。そして。
「……まぁっ……!」
辿り着いた私たちが目にしたものは、土の表面からいくつも顔を出している、小さな野菜の芽だった。
「こんなに……! いつの間に……?」
これまでまばらにぽつぽつとしか出てこなかったそれが、今日は明らかに様子が違った。
均一に並び、力強く真っ直ぐに伸びている、たくさんの芽。
皆が歓声を上げる中、私は息を呑んだ。
「すげぇ! 俺が昨日見に来た時には、こんなに出てなかったよ! どうしたんだ急に」
レニーは目をきらきらさせながら、興奮して叫ぶように言う。女性たちも口々に感嘆の声を上げ、畑に入っていく。
「おお……! 見てごらんよ、皆。この葉の濃い色を……! なんて鮮やかなんだろう。元気に育ってる証拠だよ!」
「本当ね! ふふ、きっと土が変わってきているんだわ」
「やりましたね、王妃様! 努力の甲斐があったってもんですよ」
畑の入り口に一人呆然と突っ立ったまま、女性たちの声に無意識に頷きながら、私の心臓は大きく脈打っていた。
皆で喜びの声を上げながら水をやり、雑草を抜き、虫がついていないかを確認し終えると、私は次の慰問先へと向かった。
「よかったですね、アリスティーヌ様。皆あんなにも嬉しそうで」
「努力の実る日は来るものなのですね」
移動中の馬車の中、エミナとロゼルもそう言って私を労いながら、いつもよりも明るい顔をしている。
その言葉に頷きながらも、私の頭の中にあったのは、今朝、神殿で見たあの花開いたリネラの姿だった。胸の動悸(どうき)が治まらない。
(……もしかして……)
想像していた通り、その後訪れた二軒の施設でもやはり変化が見られた。
畑の作物はたくさんの芽を出し、病人たちの容態は回復の兆しを見せ、卵を産まなくなっていた鶏まで、久方ぶりにいくつもの卵を産んでいた。
それらの些細な変化の数々により、訪れる先の民たちの顔色は、これまでになく明るかった。
多くの感謝と労いの言葉に見送られながら、私たちの馬車は王宮への帰路を辿った。
各地の変化はたしかに、これまで積み重ねてきたものの結果だろう。けれど。
「不思議ですわね」
馬車に揺られながら、ロゼルがぽつりと声を漏らす。
「ずっと苦しい状況が続いていたというのに、今日はどこの施設でも必ずいくつか状況の改善が見られましたわ」
「ふふ。移動中に何度も話したじゃないの。アリスティーヌ様の献身的なご公務が、ようやく結果として花開きはじめたのよ」
気さくな口調でロゼルに応えるエミナの嬉しそうな表情をぼんやりと見ながら、私の中には一つの希望的な考えが浮かんでいた。
さらに日が経つと、各地の作物は目に見えてぐんぐんと伸び、葉は厚く、茎はしっかりと張ってきた。
本来ならばまだまだ時間がかかるはずの段階に、またたく間に差し掛かり、皆がざわめきはじめた。
「こんなこと……今までなかったわ」
「この土地に、ここまで立派な野菜が育つなんて……」
彼らの声を聞きながら、半信半疑だったものが、確信へと変わっていく。
土に触れ、民とともに働き、積み重ねてきた時間の全てが、確かにここに繋がっている。
そして同時に、別の力が作用しはじめていることを、私は察した。
(ついに芽吹いたんだわ)
この王国の状況を考えれば、努力だけではここまでの成果は導き出せなかった。
民たちが、私を信じてくれた。
その多くの想いと私の願いが、ついに形になったのだ。
深く感謝の心を捧げながら、朝は神殿で祈り、そして夜は、私室で両手を組み瞼を閉じる。
(神よ、ありがとうございます……)
オルセリエの大地に、ようやく加護の力が芽吹きはじめたのだ。
王国の運命さえも変える、変革の力が。
けれど、長年使い続けてきた土はすでに痩せきっているせいなのか、日当たりの問題なのか、肥料を入れて改良を重ねても、思うような成果には届かない。焼け石に水の状態は、なかなか改善されなかった。
各施設の周辺にある放置された畑にも、積極的に手を入れていた。
近隣の農民たちの多くが戦によって離散し、耕す者もいないまま放置されている場所がいくつもあったのだ。そのような畑の一部を王家管轄のもと、当面は救護院で管理することにしていた。
けれど、戦の間軍の駐屯地として使われていた土地などは、馬と兵に踏み荒らされ、やはり土がすっかり力を失っている。固い土では、思うように作物が育たない。種を蒔いても芽はまばらで、出たとしても弱々しかった。
私は皆とともに、できることを一つずつ試していった。
家畜の糞を集めて発酵させ、土に混ぜ込み、枯れ草や落ち葉をすき込み、少しずつ土を柔らかくする。
水路を引き直し、無駄なく水が行き渡るよう整える。
どれもすぐには結果の出ない地道な作業だったけれど、皆文句ひとつ言わず手を動かしてくれていた。
そんな日々を何ヶ月も繰り返し、迎えた今日。
私はまず、この国で最初に慰問をした救護院を訪れた。いつものように、同行しているのはヴォルグたち騎士団員、そしてエミナとロゼルだ。街道警備隊の指揮や王国騎士団再編の責任者として多忙を極めるヴォルグだけれど、私が慰問に出る時はずっと変わらず、可能な限り付き添ってくれている。
挨拶を済ませた後、施設長は心底ほっとした様子でこう言った。
「長い間起き上がることのできなかった病人たちの容態が、目に見えて良くなってきております。薬が切れることのないよう、王妃陛下がずっと心を砕いてくださっていたおかげかと……。本当にありがとうございます」
「まぁ。それはよかったわ……! 薬がちゃんと効いているのね」
その報告を喜び、病人たちを見舞った後、私の訪れを待っていてくれた子どもたちと少し遊んであげた。その後、皆を連れ救護院の裏にある畑へと向かう。ここもこまめに手入れを続けているけれど、なかなか思うような成果の出ていない畑の一つだった。
裏門から救護院の敷地を出て、施設の女性たちとお喋りをしながら畑に向かっていると、先頭を歩いていたレニーがふと立ち止まり、声を上げた。
「……あれ?」
「どうしたの? レニー。大丈夫?」
突然足を止めたレニーを気遣いそう声をかけた途端、レニーは返事もせずに畑へと走り出した。
(……?)
怪訝に思いその背中を見守りながらついて行くと、いち早く畑へと辿り着いたレニーが、満面の笑みで振り返る。
「王妃様!! 芽がたくさん出てるよ! 見て!」
「……え? 本当?」
その言葉に、私のみならず一緒にいた女性たちも、「あらっ」「まさか。本当かい? レニー」などと言いながら、早足で畑へと向かう。そして。
「……まぁっ……!」
辿り着いた私たちが目にしたものは、土の表面からいくつも顔を出している、小さな野菜の芽だった。
「こんなに……! いつの間に……?」
これまでまばらにぽつぽつとしか出てこなかったそれが、今日は明らかに様子が違った。
均一に並び、力強く真っ直ぐに伸びている、たくさんの芽。
皆が歓声を上げる中、私は息を呑んだ。
「すげぇ! 俺が昨日見に来た時には、こんなに出てなかったよ! どうしたんだ急に」
レニーは目をきらきらさせながら、興奮して叫ぶように言う。女性たちも口々に感嘆の声を上げ、畑に入っていく。
「おお……! 見てごらんよ、皆。この葉の濃い色を……! なんて鮮やかなんだろう。元気に育ってる証拠だよ!」
「本当ね! ふふ、きっと土が変わってきているんだわ」
「やりましたね、王妃様! 努力の甲斐があったってもんですよ」
畑の入り口に一人呆然と突っ立ったまま、女性たちの声に無意識に頷きながら、私の心臓は大きく脈打っていた。
皆で喜びの声を上げながら水をやり、雑草を抜き、虫がついていないかを確認し終えると、私は次の慰問先へと向かった。
「よかったですね、アリスティーヌ様。皆あんなにも嬉しそうで」
「努力の実る日は来るものなのですね」
移動中の馬車の中、エミナとロゼルもそう言って私を労いながら、いつもよりも明るい顔をしている。
その言葉に頷きながらも、私の頭の中にあったのは、今朝、神殿で見たあの花開いたリネラの姿だった。胸の動悸(どうき)が治まらない。
(……もしかして……)
想像していた通り、その後訪れた二軒の施設でもやはり変化が見られた。
畑の作物はたくさんの芽を出し、病人たちの容態は回復の兆しを見せ、卵を産まなくなっていた鶏まで、久方ぶりにいくつもの卵を産んでいた。
それらの些細な変化の数々により、訪れる先の民たちの顔色は、これまでになく明るかった。
多くの感謝と労いの言葉に見送られながら、私たちの馬車は王宮への帰路を辿った。
各地の変化はたしかに、これまで積み重ねてきたものの結果だろう。けれど。
「不思議ですわね」
馬車に揺られながら、ロゼルがぽつりと声を漏らす。
「ずっと苦しい状況が続いていたというのに、今日はどこの施設でも必ずいくつか状況の改善が見られましたわ」
「ふふ。移動中に何度も話したじゃないの。アリスティーヌ様の献身的なご公務が、ようやく結果として花開きはじめたのよ」
気さくな口調でロゼルに応えるエミナの嬉しそうな表情をぼんやりと見ながら、私の中には一つの希望的な考えが浮かんでいた。
さらに日が経つと、各地の作物は目に見えてぐんぐんと伸び、葉は厚く、茎はしっかりと張ってきた。
本来ならばまだまだ時間がかかるはずの段階に、またたく間に差し掛かり、皆がざわめきはじめた。
「こんなこと……今までなかったわ」
「この土地に、ここまで立派な野菜が育つなんて……」
彼らの声を聞きながら、半信半疑だったものが、確信へと変わっていく。
土に触れ、民とともに働き、積み重ねてきた時間の全てが、確かにここに繋がっている。
そして同時に、別の力が作用しはじめていることを、私は察した。
(ついに芽吹いたんだわ)
この王国の状況を考えれば、努力だけではここまでの成果は導き出せなかった。
民たちが、私を信じてくれた。
その多くの想いと私の願いが、ついに形になったのだ。
深く感謝の心を捧げながら、朝は神殿で祈り、そして夜は、私室で両手を組み瞼を閉じる。
(神よ、ありがとうございます……)
オルセリエの大地に、ようやく加護の力が芽吹きはじめたのだ。
王国の運命さえも変える、変革の力が。