【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

37.(sideロジーナ)

 午前中の会議と、貴族たちとの謁見が終わった。
 私室に戻った私は、柔らかなソファに身を預け、深く息をつく。
 陽光が差し込む明るい室内は、焚いた香の淡く優しい匂いに満ちていた。
「お疲れ様でございました、ロジーナ様」
 私が腰掛けるとすぐに、侍女が切り分けた果実を盛った皿と紅茶を運んできた。目の前のローテーブルには他にも異国の菓子や、香ばしく炒って蜂蜜を絡めた木の実などが並んでいる。どれも私の好物ばかり。
 テーブルの中央には、ルゼナリアの真紅の花々が見惚れるほどの美しさで咲き誇っている。この花瓶も、異国の商人から買い取った貴重な一点物だ。
 果実の一欠片をフォークで刺し、口に運ぶ。瑞々しい甘さが舌に広がり、思わず頬が緩んだ。
 王妃として過ごすこの日々に、私は概ね満足していた。
 望めば望むだけ用意される、豪奢なドレスや宝飾品の数々。贅を尽くした食事に、快適な空間。傅く侍女や使用人たち。
 私に上手に媚びてくる、分を弁えた高位貴族家の女性たちだけを厳選して招く茶会では、呼び寄せた楽師らが優美な音楽を奏で、国内外の高級菓子がずらりとテーブルに並ぶ。表向きは、王家と各家との交流や情報交換が目的のように見せているけれど、実際は王家の持つ富と支配力を誇示するための場だ。
 私がこの王国の頂点に立つ女なのだと。
 逆らうことは決して許さないと。
 自分の振る舞いで、私はそれを貴族たちに示していた。
(公務は本当に面倒だけどね……。特に、市井の施設への慰問。代理の者に行かせるようにするとか、逆に向こうの方から慰問品を受け取りに来させるとか、ディオネル様に別のやり方を相談しようと思っていたところだったのに……)
 ティーカップに口をつけながら、私は午前中の重臣会議のことを思い出す。
 国王夫妻であるディオネル様と私、それに大臣たちが一堂に会した会議室。場の雰囲気は重かった。
 ここ最近の収穫量の減少、流通の滞り、各地で起きている小規模な騒乱。
 大臣たちが口々に報告するそれらの内容は、軽微な異変ばかりであったにもかかわらず、まるで王国の一大事のように大袈裟(おおげさ)に聞こえた。
 報告が一巡したところで、宰相が私の方を見ながらゆっくりと口を開いた。
『いずれも現時点では、致命的な問題というほどではございません。しかし……』
 宰相は言葉を切り、わずかに視線を落とす。
『このまま手を打たなければ、やがては民心の揺らぎに繋がる可能性は高いと考えます』
 会議室の空気が、さらに重くなる。
 言葉を選ぶようなそぶりを見せながらも、内務大臣がきっぱりと言った。
『こうした時こそ、王家が直接民に寄り添う姿勢を示すことが、何より肝要かと存じます』
 穏やかな口調を保ちつつも、大臣は強い意志のこもった目で、私を真正面から見据える。
『各地へのご訪問や、神殿での祈りなど……王妃陛下のお力添えを一層賜ることができれば、情勢はまた安定し、民の不安も和らぐかと』
 目を伏せわずかに頭を下げながら、彼はそう締めくくる。
 不快感が込み上げ、私は内務大臣を睨みつけた。
『……要するに、あなたは私の能力に猜疑心を持っているということ? 私の加護の力が足りていないから、国内情勢が下向きになってきているとでも言いたいわけ?』
『いえ……、決してそのような意味では』
 そう返しながらも、内務大臣は私と目を合わせない。
 隣に座っているディオネル様が、頬杖をついたまま、低い声を発した。
『……王妃に向かって、不躾な物言いはよせ』
 その言葉に、内務大臣の肩がびくりと跳ねる。ディオネル様は大臣たちを見渡しながら腕を組み、再びゆっくりと口を開いた。
『王国が歩みを重ねれば、多少の浮き沈みは避けられぬ。小さな乱れなどは、今後もいくらでも迎えることがあろう。なぁ、宰相』
『……は……』
 圧をかけられた宰相の顔が青ざめる。
『おっしゃる通りでございます、陛下』
 外務大臣である私の父がそう一言添え、ディオネル様に追従の意を見せる。
 ディオネル様はそれ以上宰相を追及することはせず、私に顔を向け、柔らかな笑みを浮かべた。
『だがたしかに、こうした時こそ王家の姿勢を示すことは大事だ。民は目に見えるものに安心を覚える』
 そう言うと、ディオネル様は大臣らの目を気にすることなく、まるで幼子をあやすように私の髪を撫でる。
『お前の献身的な姿を見ることで民は安心し、王妃を崇拝する心も一層増す。大丈夫だ、ロジーナ。これまでより市井を回る回数を少し増やし、朝の祈りの時間を多く確保すればいい。心配せずとも、じき情勢は回復する』
『……承知いたしましたわ、ディオネル様』
 国王がそのように発言すれば異を唱えることもできず、私は渋々そう答えた。
 目が合った父が、私に念を押すように神妙な顔で頷いた。
 うんざりした気分のまま、私はその後貴族たちとの謁見を済ませ、私室に戻ってきたのだった。
「はぁ……。やってられないわ、本当に……」
 望んでいたのとは真逆の方向に話が進んでしまい、嘆息するほかなかった。
 末端の民たちの機嫌をとったから何だというのか。彼らには何の力もない。王宮や社交界に影響力のない者たちからどう思われようと、私の価値は変わらないというのに。
 苛立ちを抑えながら木の実の菓子をつついていると、侍女が遠慮がちに声をかけてきた。
「ロジーナ様、午後からの慰問は、いかがいたしましょうか……? 出発は何時頃に?」
(……また慰問。皆してこの話ばっかり。嫌になるわ)
 私は大仰にため息をつくとフォークを置いた。そしてソファの背にもたれかかり、侍女を睨みつける。
「昼食をとってから考えるわ。いつでも出られるよう準備しておけばいいでしょう。急かさないで」
「……申し訳ございません。承知いたしました」
 侍女は大人しく引き下がった。
 
 ディオネル様は謁見中だったため、その日の昼食は一人でゆっくりととった。そして気乗りしないまま、外出の支度を整える。どんなに着飾っても、見せる相手は下々の民だけなのだから、気分は全く上がらない。
 王宮を出発し、最初の大きな施設へと着くと、私は施設長にだけ挨拶を済ませた。
 彼女は私の姿を認めるなり、深々と頭を下げた。
「王妃陛下、本日はお越しいただきありがとうございます。先日、当施設の子どもが非礼を働きましたこと、改めてお詫び申し上げます」
 そう言われ、小さな子どもから汚い手で触れられ、お気に入りのドレスを汚されたことを思い出す。すごく腹が立ったけど、あの後ディオネル様がすぐに豪奢なドレスを買ってくださったから、気は済んでいた。
「構わないわ。でも、もう二度とないようにね」
 短くそう答えると、私はすぐさま馬車へと戻るため、踵を返した。慰問品は後続の馬車に乗っていた使用人たちが、今まさに運び込んでいる。
 正面の扉を出て馬車まで歩いていると、周囲にいる子どもたちが視界に入った。花壇の周りで遊んでいたのだろうか、今日も皆、薄汚れた格好をしている。
 顔を強張らせ、遠巻きにこちらを見ているみすぼらしい連中の視線に、不快感を覚える。彼らの前を通り過ぎる時、私は威嚇するように軽く睨んでやった。
(前の王妃と私を一緒にしないでよね。私はあんたたちなんかが気安く近付いていい女じゃないのよ)
 次の小規模な施設からは、施設長に挨拶をすることさえもう面倒に思えた。
 ここで馬鹿正直に公務をしたところで、見ていてほしい人間は誰も見ていない。
 国内外の王族も貴族も、政界や社交界に影響力を持つ人も、こんなところには誰一人いないのだから。
 施設の敷地内に馬車が停まると、同行していた二人の侍女に告げた。
「私はこのまま馬車で待っているわ。王妃の代理として、あなたたちで行ってきて」
「ロ、ロジーナ様……、ですが……」
 戸惑いつつも何かを言おうとしてきた侍女に、私は言葉を被せた。
「時間をかけないで、手短にね。待つのは嫌いなのよ」
「……承知いたしました」
 視線で威圧すると、侍女たちはようやく馬車を降り、施設の建物へと歩いていった。

 慰問に出向く回数や、朝の祈りの時間を延ばした分、私は楽をする方法を覚えた。
 待機中の馬車の中も、祈りの間でも、どうせ一人きりになるのだから、誰も見ていない。
 菓子や果実水を持ち込み、好きな本をめくりながら、ただ時が過ぎるのを待つようにしたのだ。
 その分執務にはきちんと取り組んだし、社交は存分に張り切って臨んだ。
 そんな日々を過ごすようになり、幾月かが経った頃のことだった。
 夕方、いつもの面倒な慰問から王宮の私室に戻ると、専属侍女たちが揃って恭しく私を迎え入れた。
「お帰りなさいませ、ロジーナ様」
「お疲れ様でございました」
 傅く侍女たちの手によって室内用のドレスに着替えさせられると、私はいつものようにローテーブルの前のソファに腰掛け、深々と息をついた。
(ああ、疲れたわ……)
 テーブルの上にはいつものように、隙間なく活けられ放射状に広がったルゼナリアの花瓶。そして周囲には、色とりどりの菓子も並んでいる。
 果実水の入ったグラスに手を伸ばそうとした、その時だった。
 目の前の花に何気なく視線を向けた私の手が、ぴたりと宙で止まった。
 美しく咲き誇る真紅の花々。その端の二輪が、濁った黒に変色しているではないか。
 本来の鮮やかな赤とはかけ離れたそのどす黒い花の残骸は、ぐったりと首を折り、垂れ下がっている。
 カッとなった私は、勢い良く立ち上がった。
「ちょっと! 何よこれ。枯れてるじゃないの! 誰がこんな花を私の部屋に飾ったの!?」
 すると、壁際に控えていた侍女の数人が、慌てた様子でこちらへと歩み寄ってくる。そのうちの一人が青ざめた顔で一歩前へと進み出て、震える声を発した。
「も、申し訳ございません、ロジーナ様……! 今朝庭園で最も美しく咲いていたルゼナリアをたしかに厳選し、お持ちしていたはずなのですが……、きゃっ!」
 狼狽しながら言い訳を始めた彼女の頬を、私は手にした扇でしたたかに打った。
「くだらない言い訳はよして。朝咲いていた花が、こんなに醜く枯れ果てるはずがないでしょう!? 適当な仕事をする者に、私の専属侍女でいる資格はないわ」
 赤く染めた頬を手で押さえながら、侍女は怯えたように私を見て、そのまま頭を垂れた。
「本当に……申し訳ございません。以後二度とこのような失態のないよう、誠心誠意……」
「いいえ、もう結構よ。あなたは今後私の目に触れる場所に立たないで。侍女長に言って、別の部署に異動させるわ。今すぐ下がりなさい」
 全員が息を呑み、室内の空気が凍りつく。
 頬を押さえた侍女は涙目になりながら、無言で部屋を出て行った。
 残った侍女たちを睨めつけると、彼女らは弾かれたように一斉に動き出す。
「すぐに新しい花をお持ちいたしますので……!」
「こちらの花瓶、下げさせていただきます……!」
 青い顔をして狼狽える侍女たちを見てため息をつくと、私は再度ソファに身を沈めた。
 慰問という名目の外出から戻ってきたばかりで、ただでさえ疲れていたのに。使えない侍女の失態で、ますますぐったりしてしまった。
 改めて果実水のグラスを手に取り、口をつける。柔らかな甘みが神経を解してくれるようだ。
(ルゼナリアは華やかで大好きだけど、枯れた姿ってあんなにも醜いのね。気持ち悪いわ)
 くたびれた黒い花は、今日施設で見かけたみすぼらしい子どもたちを彷彿とさせ、私は思わず身震いしたのだった。
 
< 37 / 47 >

この作品をシェア

pagetop