【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

38.

 変革の力──。
 花開いた加護の力の威力は、やはり絶大なものだった。
 その変化はまるで堰を切ったように、オルセリエ王国の各地へと急速に広がっていった。
 さらに半年が経つ頃には、荒れていた畑は見違えるほどの実りを見せ、各地で収穫される作物の量は、これまでとは比べものにならないほどに増えていた。
 倉には次々と作物が運び込まれ、救護院や各施設でも、食料不足を気にする声は減っていった。
 そしてそれは、市井にもはっきりとした変化となって現れた。
 多くの店先には品物が潤沢に並びはじめ、値も次第に落ち着きを見せた。人々は生活に必要なものを、確実に手に入れられるようになったのだ。
 長く続いていた街の張り詰めた空気が、驚くほど和らいでいる。
 街道を行き交う商隊は日に日に数を増していき、今では大きな賑わいを見せていた。
 これらの変化を、当初はただ純粋に喜んでいたエミナやロゼル、そして王宮の重臣らも、日に日に驚きの色を濃くしていた。
「こ、これなのですね……? これがアリスティーヌ様の中に宿る、か、加護の力の、威力……!」
 両手をわななかせ、あわあわと口を開閉させるエミナの隣で、ロゼルも目を丸くしたまま何度も頷いた。
「これほどまでに強大な影響力だったとは……。ありがとうございます、アリスティーヌ様。オルセリエが再び活気を取り戻していく様子を、この目で見ることができるなんて……感激です」
 そう言って涙ぐむロゼルに、私は微笑みかけた。
「この現状が、開花した加護の力の影響ならば、それは皆のおかげよ。私の方こそ、お礼を言わなければいけないわ。……私を信じてくれて、本当にありがとう」
 
 王国軍と街道警備隊の働きにより治安は安定し、商人たちの間でも彼らの評判が上がっているようだった。
「あなたの並々ならぬ働きのおかげね。ありがとう、ヴォルグ」
 王妃の執務室で、ヴォルグから各地の警備状況について報告を受けた際に、私がそう礼を伝えると、彼は自分の胸に手を当て静かに目を伏せた。
「すべては両陛下が整えてくださった土台あってのものです。我々はその上にて、務めを全うしているにすぎません。……感謝しております、妃陛下。あなた様が陛下を支え、この王国を生き返らせてくださいました」
 そう答えたヴォルグの声は、少し震えていた。
 また、戦の相手国との関係にも、目に見える変化が現れていた。
 捕虜交換が進み、試験的に再開されていた通商は、いくつかの国で本格的なものへと移行していった。
 これまで我が国を警戒していた他国の商人たちも、少しずつオルセリエの王都へと集まるようになっていた。
 彼らからは、「護衛が付くと聞いて、久しぶりに荷を運んできました」という声も上がっているとの報告があった。
 これまで私に対する猜疑心をあらわにしていた王宮の重臣たちも、今では態度を一変させ、敬意を持って接してくれるようになっていた。
 元兵士たちを入れて編成された街道警備隊が巡回している現場に、私はセルジュ様とともに何度も赴いた。
 統率の取れた動きで見回りを続ける彼らの姿は、かつて周辺国から恐れられていたはずの軍とは、まるで別物だった。
 民間人を守るために剣を携えるその在り方は、確実に民たちを安心させるようになっていた。
 街へ出ると、皆が明るい笑顔で私たち二人を出迎えてくれる。
「国王陛下、王妃陛下、いつも来てくださってありがとうございます!」
「最近は、夜も安心してぐっすり眠れるようになりました」
「こうして外出するのも、怖くなくなってきたんです」
 皆のそうした声を聞くたび、安堵で笑みがこぼれた。
 その日も視察を兼ね、私たち二人は街を歩いていた。すると市場の一角で、元気な野太い声に呼び止められる。
「国王陛下、王妃陛下。よろしければ、どうぞ一杯。お疲れでしょう」
 見ると、温かな湯気が立ちのぼる屋台から、店主の男性がこちらを見て椀を差し出していた。彼ともすっかり顔なじみだ。
 店主の目の前にある大鍋の中で煮込まれているのは、野菜を使った素朴なスープだ。
「いつもすまないな。いただくよ」
 セルジュ様が二つの椀を受け取ると、背後に控えていた騎士がさりげなく前に出て、中身を確かめてから下がった。するとセルジュ様が、椀の片方を私に手渡す。
 受け取ったそれはじんわりと手に温かく、美味しそうな香りがしていた。
「ありがとう。いただくわね」
 セルジュ様同様、私も店主に礼を言う。
 屋台の脇には、丸太の長椅子と、低い木の卓がいくつか並べられていた。人々の憩いの場だ。
 皆肩を寄せ合うように腰を下ろし、湯気の立つ椀を手に談笑している。こんな光景が、もう当たり前のようになっていた。
 私たちがこうして姿を現しても、今や慣れっこになっているので誰も驚かない。むしろ皆に歓迎されているような、温かな空気さえ感じる。
 セルジュ様は周囲を一瞥すると、空いている一席へと歩み寄り、腰を下ろした。
 そして私に視線を向け、ご自分の隣を軽く手で叩く。
「おいで」
「はい」
 頷くと、私はその隣に腰を下ろした。粗削りな木の感触が、衣越しに伝わってくる。
 肩が触れそうなほど近い距離に、つい頬が緩んだ。
 すぐ後ろにはエミナたち、そしてヴォルグや他の騎士らがさりげなく立ち、周囲の様子に目を配っている。彼らは皆静かに、この場を見守っていた。
 スープを一口含むと、優しい味が口いっぱいに広がる。思わずほっと息がこぼれた。
「……ふふ。美味しいですね」
 そう呟くと、セルジュ様も同じように椀に口をつけ、小さく頷いた。
「ああ。……前に来た時よりも、随分具が増えているな」
 すると、その言葉が聞こえたらしい店主が楽しげに笑った。
「ははは。最近は野菜も手に入りやすくなりましてね。こうしてたっぷり使えるようになったんですよ」
「それは何よりだ。栄養満点だな」
「ええ、そりゃあもう! お値段据え置きで具沢山スープになったもんで、評判がいいんでさぁ」
「ほう。頼もしいな。盛りすぎて赤字にならんようにな」
 二人の軽妙な会話を聞きながら、私はふと、道の脇に視線を向けた。
「あら、いつの間にかここにも……」
 細長い木箱に植えられた、白い花々が揺れている。
「どうした? アリスティーヌ」
 私の呟いた声に、セルジュ様が反応する。
「いえ、この辺りにもリネラの花々が飾られるようになったんだなぁと思いまして。ほら、あそこに」
 私が視線を送ると、セルジュ様もリネラに気付き目を細めた。
「ああ、本当だな。店先に飾られているのを見かけることもだいぶ増えた。やはり美しいな、リネラの花は」
「ええ。本当に」
 白い花弁の内側に、淡い水色と青が溶け合うように広がる、その可憐な姿。
 最初は神殿の一鉢だけ開いた花は、今や街のあちらこちらで咲き乱れていた。
 可愛らしく風に揺れるリネラは、まるでこの王国の再生の象徴そのもののように感じられる。
「私、リネラが大好きですわ。可憐で優しくて、見ているととても癒されます」
「俺もだ」
 私がそう言うと、セルジュ様が間髪を容れずに同意した。そして、さらりと付け加える。
「リネラは君によく似ている」
「……えっ?」
 予想もしなかったその言葉に、思わず素っ頓狂な声が漏れる。けれどセルジュ様は至って真面目な顔で、そんな私のことを優しく見つめている。
「どっ……、どのようなところが似ておりますか?」
 しどろもどろになりながら問うと、セルジュ様はためらうことなく答えた。
「ああして可憐に見えても、芯が強いところだ。過酷な環境でも根を張り、こうして再び咲き誇る。……まさに君だろう? 戦後の我が国に単身でやって来た君には、多大な苦労をかけた。にもかかわらず、君はこうして俺の隣に立ち、この国を立ち直らせるため懸命に奮闘してくれた。……感謝しているよ、心から」
「……っ」
 思いもよらない突然の甘い言葉に、心臓が大きく跳ねた。頬が火照り、またたく間に鼓動が速くなっていく。
 耐えきれず、私はセルジュ様から目を逸らすと、ごまかすように手元のスープをかき混ぜる。ああ、耳が熱い……。
「あ、あのように美しい国花に例えていただくなんて、光栄ですわ。私、母国では散々地味だと言われておりましたのに……」
 照れ隠しでついそんなことを言うと、セルジュ様がわずかに眉を寄せた。
「君が、地味?……どこがだ?」
「……え」
 彼は真顔だった。心底不思議に思っているように見える。
 どう答えていいものか分からず、私はもごもごと口を開く。
「ど、どこと言われましても……この通りです。華やかさのない、地味な栗色の髪と漆黒の目ですもの。エヴァンシア国王からも、『勉強しかできない、地味で嫌な女だ』と言われておりましたわ。私もたまに顔を合わせれば小言を言うばかりになってしまい、鬱陶しがられて、嫌われておりましたし」
 言われ慣れない褒め言葉に照れすぎて、自分を卑下する言葉ばかりが口をついて出る。なんてみっともないんだろう。きっとセルジュ様も呆れている。背中に汗が浮いてきた。
 けれどセルジュ様は、その真剣な表情を崩すことなく、はっきりと言った。
「冗談だろう? 俺は初めて君を見た瞬間に、美しい人だと思ったよ」
「……っ!? そ、そんな……セルジュ様ったら……」
 スープを口に運ぼうとしたけれど、すんでのところで止めていてよかった。口にしていたら、おそらく盛大に噴き出してしまっていた。体温がどんどん上がっていく。
 そんな私の様子などお構いなしに、セルジュ様はなおも言葉を続ける。
「本当だ。……以前から不可解でならなかったのだが、エヴァンシア国王はもっと人を見る目を養うべきだ。君のようにひたむきで、高い能力を持ち、さらに稀有な加護の力まで宿している美しい人を、あっさりと手放すなど」
「……セルジュ様……」
「彼が惚れた女性というのがどんな人なのかは知らんが、君を国外へ出したことは、かの国にとってあまりにも大きな損失だと思うがな。まぁ、結果としてこちらにしてみれば、非常にありがたい申し出ではあったのだが。俺はもう、君を手放すことなど到底考えられない」
「…………」
 何も言えずに固まる私に、セルジュ様が追い打ちをかける。
「君は綺麗だよ、アリスティーヌ」
「……あ……、ありがとう、ございます……」
 もう顔が上げられなかった。
 今やスープより断然、私の体の方が熱い。
 周りの人々はそれぞれの談笑に集中していたり、走り回る我が子をたしなめたりしている。ここに私たちがいることに彼らが慣れていて、本当によかった。今注目されていれば、私はきっと一層取り乱したに違いない。
 目を逸らしていてもセルジュ様の視線を感じ、頬がじりじりと焼かれるようだ。
「……アリスティーヌ」
 優しく名を呼ばれ、私は観念してゆっくりと顔を上げる。
 セルジュ様はその青く澄んだ目で、真っ直ぐに私のことを見つめていた。
「君が来てくれたおかげで、この国は立ち直ることができたんだ」
「……セルジュ様、私は……」
 否定しようとした言葉を、彼は静かに遮る。
「俺一人では、到底無理だった。君が真摯に民に寄り添い、懸命に働いてくれた。その積み重ねが皆の信頼を生み、君の持つ稀有な加護の力を我が国でも開花させたのだろう。そして、今の結果をもたらしている」
 セルジュ様は、この上なく優しい眼差しで私を見つめている。
「感謝しているよ、心から」
 彼のその言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……セルジュ様が、私を信じ、任せてくださったおかげです。セルジュ様と、このオルセリエの民たちの信頼が、私の力を引き出してくれました」
 そう返すと、彼はわずかに口元を緩めた。
「これからも頼りにしている。……冷めてしまうな。食べよう」
「ふふ。はい」
 椀を持ち上げ再びスープを食べはじめたセルジュ様に倣って、私もスプーンを口に運ぶ。
 スープは少しぬるくなってしまっていたけれど、今まで食べてきた中で一番美味しく感じられた。
 リネラの花々が、風に揺れている。
 子どもたちのはしゃぐ声と、民たちの笑い声が響く。
(私の方こそ、あなたがこうして隣にいてくださることが、何よりも心強いんです)
 照れくさくて口に出せないその言葉を、私は心の中で呟いたのだった。
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