【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

40.

 昼食の前に時間をとってもらうことができたので、私は早速セルジュ様の執務室へと向かった。彼は机の前で、何やら書き物をしている。
 顔を上げ私の姿を認めたセルジュ様は、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。
 彼の指示で、側近や侍従らが別室に下がった。私はそばに歩み寄り、贈り物のお礼を伝える。
「セルジュ様……、素敵なドレスやアクセサリーを、本当にありがとうございます」
「はは。驚かせてしまっただろう。気に入ってくれたのならよかった」
 そう言うと、彼も静かに立ち上がり、私の前までやって来て向かい合う。
「王妃として嫁いできた君に、長い間何もしてやれなかった。質素な生活に文句一つ言わず、この王国と王家を支えてくれて、ありがとう」
「そんな……」
 私の方がお礼を伝えに来たはずなのに、またセルジュ様から改めて、そんな言葉をもらってしまった。
 何だか胸がいっぱいになり、喉の奥がツンと痛んだ。
 込み上げるものを堪えるために唇を引き結ぶと、ふいにセルジュ様が私に背を向け、文机の引き出しを開ける。そして、再び私の前へと戻ってきた。
「それと、……これを君に」
「……え?」
 目の前に差し出されたのは、縁に銀の装飾がついた小さな箱だった。彼はその箱の蓋をゆっくりと開く。
 箱の中には、可愛らしいペンダントが収められていた。
 それは小さな花を模した意匠になっており、丸みを帯びた花びらは、淡く澄んだ水色の宝石で造られている。
 まるで、リネラの花をそのまま宝石にしたかのようだ。
「……セルジュ様……」
「以前、食事の席でだったか。君が話してくれたことがあっただろう。エヴァンシア王国では、王妃の証として代々受け継がれているペンダントがあると」
 そう言われ、ぼんやりと思い出す。最近は食事の席で互いに様々な話題を持ち出しては、尽きることのない会話を楽しんでいた。
 その中で、たしかに問われるがまま、エヴァンシアの王妃が身に着けるペンダントの話をした気がする。
 彼の目を見つめると、セルジュ様は少しばつが悪そうに笑う。
「真似をしていると思われるのは心外だから、他にもいろいろと考えてはみたのだが……。やはり身に着けるものとしては、首からかけるのが最も実用的だと思ってな。執務の邪魔にもならないし、外れにくいだろう」
 そう言うと、セルジュ様は小箱の中からその美しいペンダントをそっと取り出し、私の方へと両手を伸ばす。
 そして首の後ろに腕を回し、ペンダントを着けてくれた。
 距離の近さに心臓が跳ね、私は思わず息を止めた。体温が上がる。
 セルジュ様の低く掠れた声が、耳元で響いた。
「……君への愛と、感謝を込めて。これからはこのペンダントが、オルセリエ王国王妃の証だ。いつの日か次の王妃に、君がこれを託すその時まで、どうかずっと君のそばに」
「……っ」
 真心に満ちた優しい言葉に、抑えていたものが溢れ出す。
 セルジュ様が、そのまま私をそっと抱き寄せた。
 母国でのディオネル様の冷たい視線や、胸を抉る言葉の数々。そしてこのオルセリエに来てからの苦労と、歯を食いしばってひたすら進み続けた日々。
 それらの全てが突然胸に押し寄せ、セルジュ様の香りによって決壊した。
「……ふ……っ」
 セルジュ様の腕の中で、私は自分の両手で顔を覆い、肩を震わせて涙をこぼした。
 心が解けていく。私はここにいていいのだと、私の生きる場所はセルジュ様の隣なのだと、認めてもらえたような気がした。
 背中を擦ってくれるセルジュ様の優しい手のひらの感覚に、半ば夢見心地になる。
 けれどしばらくして、私の頭は徐々に覚醒しはじめた。
(……ん? 愛と、感謝を込めて……って、おっしゃった? セルジュ様。……愛?)
 そこに思い至った瞬間、嗚咽がぴたりと止まる。
 するとセルジュ様は、体をそっと離し、ご自身の指先で私の頬を拭ってくれた。
 そっと見上げると、彼は耳朶を赤く染め、真摯な眼差しで私を見つめていた。
「君が愛おしくてならない。アリスティーヌ、俺はいつの間にかこんなにも深く、君のことを愛していた」
「……セルジュ、様……」
 夢を見ているのだろうか。
 頭の奥に霞がかかったように、またぼんやりとしてくる。現実に起こっていることではないみたい。それなのに、私の全てがセルジュ様の紡ぐ言葉を、この身に刻もうとしていた。
 彼の眦が、ほんのりと色付いている。
「どれほど忙しくとも、どれほど疲れようとも、君さえ隣にいてくれれば、俺は前を向ける。稀有な力を持った王妃だからではない。アリスティーヌ、君という一人の女性に、俺は心から惹かれているんだ」
 そう言うと、セルジュ様は一度言葉を区切り、意を決したように再び口を開いた。
「俺と夫婦になってほしい。国王と王妃としてだけではなく……本当の意味での、夫婦に」
「……もちろんです、セルジュ様。喜んで」
 無意識のうちに口からこぼれたその言葉は、私の本心だった。新しい涙の粒が眦を伝う。
「私も……あなたのことを愛しています、セルジュ様。民のために心を砕くお優しさも、全てを背負おうとなさる覚悟の強さも。そして……私を尊重し信じてくださった、そのお心も」
 震える声で、私は自分の気持ちを必死に伝える。
 私がどれほどセルジュ様を大切に思っているか、知ってほしかったから。
 セルジュ様の青い目が見開かれ、美しく揺れた。
 そして次の瞬間、私の体は再び彼の腕の中にあった。
「……ありがとう、アリスティーヌ」
 くぐもったその声が、私の胸を優しく満たしていく。
 経験したことのない幸福感に、めまいがする。
 身も心も、溶けてしまいそうだった。
 セルジュ様の背にそっと腕を回し、目を閉じる。
 何もかも報われた気がした。
 私を抱きしめたまま、時折髪を撫でてくれていたセルジュ様が、その腕の力を緩めながら穏やかな声を紡ぐ。
「君と過ごす時間が増えるほど、離れている時間をもどかしく感じるようになっていた。……それで……、以前から、君に言おうと思っていたんだが……」
(……?)
 途中から、セルジュ様はやけに言いづらそうに言葉を選びはじめた。
 様子が気になって顔を上げると、彼は困ったように顔をしかめ、私から目を逸らした。……顔が赤い。
 しばらく待っていると、やがてセルジュ様は覚悟を決めたようにこちらを見た。
「……君さえよければ、そろそろ寝室をともにするのはどうだろうか」
「……へっ!?」
 予想もしていなかったその言葉に、思わず変な声を上げてしまった。
(し……、寝室を、ともに……?)
 彼の真っ赤に染まった顔を見ているうちに、その熱がじわじわと伝染する。はっきりと意味を理解し、私の全身がますます茹だった。
 ここに嫁いできたその日から、互いにずっと別の部屋で寝起きしてきた。少しずつ心の距離が縮まってきてからも、それは変わることがなくて。
 王妃として、もちろん気にしてはいた。後継をなすことも、私の重要な務めの一つなのだから。
 けれど、この王国の状況を考えればそれどころではなく、目の前に積み上がった問題を解決していくことに、毎日必死だった。きっとセルジュ様だってそうだろう。
 オルセリエは見違えるほど豊かになり、民たちの暮らしは安定した。タイミングとしては、間違いない。私たちの関係を変えるのは、きっと今なのだ。
 でも今さらそれを口にするのは、勇気がいったに違いない。
 セルジュ様がこんなに狼狽えている姿を見るのは、初めてのことだった。
 彼の気持ちに応えるべく、私はどうにか返事をする。
「……はい……」
 恥ずかしくて、だけどたまらなく嬉しくて。
 火照った顔を彼から隠すように、私は俯く。
 そして胸元のペンダントを抱きしめるように、両手でそっと包み込んだのだった。

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