【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
41.(sideロジーナ)
胸元のペンダントを指先で弄びながら、私は目の前で喋る男の顔を睨めつけていた。
「両陛下、これはまことに由々しき事態にございます」
内務大臣が強張った表情でそう声を上げる。
重苦しい空気に包まれた、重臣会議の場。なぜだか今日はこの場に、神官長の姿もある。
私とディオネル様の前には、各地から上がってきた報告書が積まれていた。
「交易量は激減しております。当然関税収入も減少し、各地の市場でも品不足が深刻化している状況です」
大袈裟にまくしたてる内務大臣にうんざりし、私は大仰にため息をついてみせた。
「だから何だというの。我が国には十分な蓄えがあるでしょう。浮き沈みはあるものよ。目先のことで騒ぎすぎではなくて?」
すると、財務大臣がすかさず口を挟んだ。
「近頃の王宮における支出の激増も、目に余るものがございます。とりわけ、両陛下の衣装や装飾品、宴席にかかる費用やご遊興に関わる支出は、看過できぬ勢いで膨れ上がっております」
そう言うと、財務大臣は鋭い目で私を見据えた。
「この支出が続けば、遠からず王宮の蓄えは底を尽きますぞ」
偉そうな物言いに、神経が逆撫でされる。ここ最近の大臣たちの態度の方が、よほど目に余るものがあるわ。
「随分と強気な発言をなさるのね」
私は負けじと財務大臣を睨み返す。
「こんな時だからこそ、王宮が華やかであるのは当然のことよ。国王夫妻である私たちの身に着けているものが質素であれば、王国の威信を損なうわ。ね? ディオネル様」
同意を求めると、不満げに口角を下げ頬杖をついていたディオネル様が、私に同調する。
「ロジーナの言う通りだ。財務大臣ともあろう者が、王家の体面を軽視するとはな。随分と視野の狭いことだ」
以前なら皆ここで黙り込み、諫言は収まっていた。けれど、今日は様子が違う。
目を充血させた別の大臣が、私を真っ直ぐに見定め口を開いた。
「恐れながら申し上げます。王妃陛下におかれましては、近頃、神殿での朝のご祈祷に足を運ばれていないご様子と伺っておりますが」
「……それが何よ」
彼の言う通り、結局私は神殿へ足を運ぶ回数を大幅に減らしていた。
公務が立て込んでいるため、神殿に出向く時間さえ惜しい。祈りは自分の部屋で行う。表向きはそういうことにしている。実際王妃として私がなすべき仕事は際限なくあるのだから、優先順位を考えれば当然の判断だわ。
それに、神殿への寄進は欠かしていない。形式上必要な務めは、きちんと果たしている。
一時期は好きな本やお菓子を持ち込んで時間を潰していたけれど、もうそれも飽きてしまったのだ。あの時間に何の意味があるというの? その分少しでも長く寝ていた方がよほど有意義だわ。
重要かつ多岐にわたる公務の数々を王宮でこなし、この王国のために尽くしているというのに。王妃として当然の買い物にまで文句を言われたのではたまらない。
すると、神官長も発言を始めた。
「私からも申し上げます、国王陛下。王妃陛下におかれましては、ご即位よりこれまで、加護の力が開花するご様子が一向にございません。前王妃アリスティーヌ様が我が国を去り、また、離宮でお過ごしの王太后様も、おそらくはもう加護の力を失いつつあるはず」
アリスティーヌ。
神官長がその名を出したことが不快で、私は彼を露骨に睨めつけた。けれどディオネル様は、別の部分に反応した。
「何だと? なぜ母上が加護の力を失うのだ」
「加護の力はご年齢を重ねるにつれ、少しずつ弱まっていくものにございます。歴代の加護持ちの女性は、皆そうでございました」
神官長は目を伏せ、言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。
「王太后様も、長きにわたりその働きとお力で、王国の安寧を守っておられました。そのお役目を次代へと託された今、力が収まっていくのは自然の理にございます。……国王陛下も、そのことはこれまでに耳にされたことがあるのでは」
室内に不穏な空気が張り詰める。以前は私とディオネル様の機嫌を窺い、頭を下げていた重臣たちが、今では強い視線でこちらを見据えている。不満があるのだと主張する彼らの態度が、憎らしくてならない。
外務大臣の父でさえ、私のことを非難するように見ている。
ディオネル様が眉間に皺を寄せた。
「そうだったか? ……まぁ、母上の件はいい。それならそれで仕方がないだろう。ロジーナの力の開花は、まだその時期が来ていないだけだ。なぁ? ロジーナ」
そう言ってこちらに視線を向けたディオネル様に同意しようとした、その瞬間。
彼の目の中に、これまでに感じたことのないものを見た。
甘く優しいばかりの、私への惜しみない愛情で満たされていたはずのディオネル様の翡翠色の目に、疑うような、探るような、冷たいものを感じる。
「……っ、……ええ、そうですわ。もちろん」
そのことに焦りを覚えた私は、慌ててこの場を収める言い訳を考えはじめた。
けれど、大臣たちが追い打ちをかけてくる。
「もう一つ、非常に危険な状況にあるのは、各領地の農産物の収穫量です。王都のみならず、貴族領の田畑までもが急速に荒れはじめ、作物の収穫量が落ち込んでおります。これほどの悪化は、かつてございませんでしたぞ!」
「そのため、治安の悪化も看過できぬ状況になってまいりました。各地で小規模な暴動が頻発しております。街道の安全が確保できなければ、交易の回復は見込めません」
「物資の流入が途絶えてしまう恐れもあるのですぞ! もしもそうなれば、我が国はもう──」
「だ……黙りなさい!!」
気が付くと、私は大きな声を上げ、立ち上がっていた。
むきになって責め立ててくる大臣たちの耳障りな声と、ディオネル様の視線に耐えられなくなったのだ。
静まり返った室内に、どろりとした嫌な空気が広がっていく。
全員の視線を受け止めながら、私は急いで目を潤ませる。そして両手で口元を覆うと、その指先を震わせた。
「両陛下、これはまことに由々しき事態にございます」
内務大臣が強張った表情でそう声を上げる。
重苦しい空気に包まれた、重臣会議の場。なぜだか今日はこの場に、神官長の姿もある。
私とディオネル様の前には、各地から上がってきた報告書が積まれていた。
「交易量は激減しております。当然関税収入も減少し、各地の市場でも品不足が深刻化している状況です」
大袈裟にまくしたてる内務大臣にうんざりし、私は大仰にため息をついてみせた。
「だから何だというの。我が国には十分な蓄えがあるでしょう。浮き沈みはあるものよ。目先のことで騒ぎすぎではなくて?」
すると、財務大臣がすかさず口を挟んだ。
「近頃の王宮における支出の激増も、目に余るものがございます。とりわけ、両陛下の衣装や装飾品、宴席にかかる費用やご遊興に関わる支出は、看過できぬ勢いで膨れ上がっております」
そう言うと、財務大臣は鋭い目で私を見据えた。
「この支出が続けば、遠からず王宮の蓄えは底を尽きますぞ」
偉そうな物言いに、神経が逆撫でされる。ここ最近の大臣たちの態度の方が、よほど目に余るものがあるわ。
「随分と強気な発言をなさるのね」
私は負けじと財務大臣を睨み返す。
「こんな時だからこそ、王宮が華やかであるのは当然のことよ。国王夫妻である私たちの身に着けているものが質素であれば、王国の威信を損なうわ。ね? ディオネル様」
同意を求めると、不満げに口角を下げ頬杖をついていたディオネル様が、私に同調する。
「ロジーナの言う通りだ。財務大臣ともあろう者が、王家の体面を軽視するとはな。随分と視野の狭いことだ」
以前なら皆ここで黙り込み、諫言は収まっていた。けれど、今日は様子が違う。
目を充血させた別の大臣が、私を真っ直ぐに見定め口を開いた。
「恐れながら申し上げます。王妃陛下におかれましては、近頃、神殿での朝のご祈祷に足を運ばれていないご様子と伺っておりますが」
「……それが何よ」
彼の言う通り、結局私は神殿へ足を運ぶ回数を大幅に減らしていた。
公務が立て込んでいるため、神殿に出向く時間さえ惜しい。祈りは自分の部屋で行う。表向きはそういうことにしている。実際王妃として私がなすべき仕事は際限なくあるのだから、優先順位を考えれば当然の判断だわ。
それに、神殿への寄進は欠かしていない。形式上必要な務めは、きちんと果たしている。
一時期は好きな本やお菓子を持ち込んで時間を潰していたけれど、もうそれも飽きてしまったのだ。あの時間に何の意味があるというの? その分少しでも長く寝ていた方がよほど有意義だわ。
重要かつ多岐にわたる公務の数々を王宮でこなし、この王国のために尽くしているというのに。王妃として当然の買い物にまで文句を言われたのではたまらない。
すると、神官長も発言を始めた。
「私からも申し上げます、国王陛下。王妃陛下におかれましては、ご即位よりこれまで、加護の力が開花するご様子が一向にございません。前王妃アリスティーヌ様が我が国を去り、また、離宮でお過ごしの王太后様も、おそらくはもう加護の力を失いつつあるはず」
アリスティーヌ。
神官長がその名を出したことが不快で、私は彼を露骨に睨めつけた。けれどディオネル様は、別の部分に反応した。
「何だと? なぜ母上が加護の力を失うのだ」
「加護の力はご年齢を重ねるにつれ、少しずつ弱まっていくものにございます。歴代の加護持ちの女性は、皆そうでございました」
神官長は目を伏せ、言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。
「王太后様も、長きにわたりその働きとお力で、王国の安寧を守っておられました。そのお役目を次代へと託された今、力が収まっていくのは自然の理にございます。……国王陛下も、そのことはこれまでに耳にされたことがあるのでは」
室内に不穏な空気が張り詰める。以前は私とディオネル様の機嫌を窺い、頭を下げていた重臣たちが、今では強い視線でこちらを見据えている。不満があるのだと主張する彼らの態度が、憎らしくてならない。
外務大臣の父でさえ、私のことを非難するように見ている。
ディオネル様が眉間に皺を寄せた。
「そうだったか? ……まぁ、母上の件はいい。それならそれで仕方がないだろう。ロジーナの力の開花は、まだその時期が来ていないだけだ。なぁ? ロジーナ」
そう言ってこちらに視線を向けたディオネル様に同意しようとした、その瞬間。
彼の目の中に、これまでに感じたことのないものを見た。
甘く優しいばかりの、私への惜しみない愛情で満たされていたはずのディオネル様の翡翠色の目に、疑うような、探るような、冷たいものを感じる。
「……っ、……ええ、そうですわ。もちろん」
そのことに焦りを覚えた私は、慌ててこの場を収める言い訳を考えはじめた。
けれど、大臣たちが追い打ちをかけてくる。
「もう一つ、非常に危険な状況にあるのは、各領地の農産物の収穫量です。王都のみならず、貴族領の田畑までもが急速に荒れはじめ、作物の収穫量が落ち込んでおります。これほどの悪化は、かつてございませんでしたぞ!」
「そのため、治安の悪化も看過できぬ状況になってまいりました。各地で小規模な暴動が頻発しております。街道の安全が確保できなければ、交易の回復は見込めません」
「物資の流入が途絶えてしまう恐れもあるのですぞ! もしもそうなれば、我が国はもう──」
「だ……黙りなさい!!」
気が付くと、私は大きな声を上げ、立ち上がっていた。
むきになって責め立ててくる大臣たちの耳障りな声と、ディオネル様の視線に耐えられなくなったのだ。
静まり返った室内に、どろりとした嫌な空気が広がっていく。
全員の視線を受け止めながら、私は急いで目を潤ませる。そして両手で口元を覆うと、その指先を震わせた。