【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

45.

 こうして忙しくも充実した日々を過ごす私たちのもとに、ある日突然、思いもよらない知らせが届いた。
 セルジュ様に呼ばれ執務室に伺うと、文机の前に座っている彼が、珍しく苦々しい表情をしている。
 彼は私の姿を認めると、一通の書簡を差し出してきた。
「……エヴァンシア国王からだ」
「……えっ……?」
 その言葉に、心臓がどくりと跳ねる。
 私はおそるおそるそれを受け取り、目を通した。

【オルセリエ王国国王陛下
 貴国の近時における安定と発展に対し、祝意を表する。貴国が困難を乗り越え、今日の繁栄を築き上げたことは、誠に喜ばしい限りである。
 さて、一方で我がエヴァンシア王国は現在、かつてない混乱の只中にあり、国の基盤そのものが大きく揺らいでいる。
 両国の関係を踏まえ、貴国に対し、我が国への支援を要請する。
 加えて、現在貴国において王妃の位にある人物について、言及せねばならない。
 アリスティーヌ妃は本来、我がエヴァンシア王国にて、王妃としての責務を担う存在であった。現在の状況を鑑みれば、貴国での役割はすでに十分果たされたものと考える。
 よって、アリスティーヌ妃を我が国へ返還することを求める。
 彼女の力は、我が国の再建において不可欠である。速やかなる対応を望む。
                   エヴァンシア王国国王 ディオネル・エヴァンシア】

「……な……」
 あまりに身勝手なその内容に、言葉が出なかった。
 返還? この私を、今さらになって?
 ロジーナを自分の妃に据えるために、あっさりと他国に放り出したくせに……?
 呆然とする私の前で、セルジュ様が低い声を上げる。
「よくもまぁ、このように一方的な文言を並べることができたものだ。まるでアリスを物のように扱い……。無礼にも程がある」
(……セルジュ様……)
 彼の表情は、これまで見たことがないほど強張っていた。吊り上がった目の奥は冷え切り、こめかみには青筋が浮いている。
 こんなに怒りをあらわにするセルジュ様を見たのは、初めてのことだった。
 私についてきていたエミナやロゼルたちも、そしてセルジュ様のそばに控えている侍従たちも皆、彼から漂うかつてない尖った空気に、息を詰めている。
「……本当に。こちらが支援を願い出た時は拒絶しておきながら、随分調子のいいことを言ってくるものですね。呆れますわ」
 緊迫する室内の空気を和らげようと、私はあえて軽い口調でそう言い、肩をすくめてみせた。
 けれどセルジュ様の怒りは収まる様子もない。
「支援要請には、当然応じない。妃を差し出せなど、我が国と俺に対する侮辱以外の何ものでもない。ここで助けてやったところで、見くびられるだけだ」
(……こんなに感情的になるだなんて……)
 もちろんディオネル様の身勝手な要求に対しての怒りであることは間違いないけれど、セルジュ様はそれだけ、この私のことを大切に思ってくださっているのだ。
 それが伝わり、ディオネル様に対する私の怒りは、燃え上がる前にすっと引いていった。
「返信の文面は、私が整えますね。支援には応じかねると、そして、加護の力を持つ妃がオルセリエ王国を離れることにより起こる弊害は予測ができないため、妃の返還要求にも応じられないと。そのように書けば、エヴァンシア国王も察するでしょう」
 宥めるようにそう言うと、セルジュ様は苛立ちを静めるように目を閉じ、こめかみを押さえながら深く息をついた。
「……ああ。それがいいな。俺がしたためると、この怒りをそのままぶつけてしまいそうだ」
「お任せくださいませ」
 そう言って頷くと、セルジュ様が真摯な眼差しで私を見つめ、立ち上がる。そして私の前まで来ると、その温かな手のひらで、私の頬を包むようにそっと撫でた。
「エヴァンシアになど、今さら返すものか。君はどこにも行かせない。俺だけの、大切な妃なのだから」
 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。私は自分の手を、頬にあるセルジュ様の大きな手にそっと重ねた。
「ありがとうございます、セルジュ様」
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