【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
5.
婚約からひと月ほどが経ったある日。私はとある侯爵家の令嬢に招かれ、茶会へと出向いた。
私と殿下の婚約を知らぬ人は、すでに社交界にいない。そして主催者の侯爵令嬢は、私ともロジーナとも親しい付き合いのある人だった。
この婚約が成立してから、ロジーナにはまだ一度も会えていなかった。正直、どんな言葉をかければいいのかも分からない。ディオネル殿下だけでなくロジーナの方も、殿下に想いを寄せていたのは明白だった。そして彼女の言葉の端々から、自分が殿下の婚約者に選ばれることを信じて疑っていないのも分かっていた。
グリダ公爵家のタウンハウスを訪れる勇気も出なかった。ロジーナだけではない。公爵夫妻だって、今は私の顔など見たくもないだろうと思ったのだ。もちろん表向きは、社交用の笑顔で出迎えられるに決まっているが。
けれど、この茶会にはきっとロジーナも招かれている。高位貴族家の令嬢が茶会を開く時に、ロジーナに声をかけないことなどあり得ないからだ。そしてロジーナも、令嬢たちの輪の中心となってお喋りを楽しむのが大好きな子だった。
侯爵邸に到着し、侍女から庭園へと案内される。今日はガーデンパーティーのようだ。すでに何人もの着飾った令嬢たちが、そこかしこで立ったまま談笑していた。その奥には、いくつかの丸テーブルが準備してある。
ロジーナの姿には、一目で気付いた。豊かに波打つ艶やかなピンクブロンドは、凝った編み込みのハーフアップに結われている。彼女の髪色とよく似た桃色の刺繍があしらわれたクリーム色のドレスはとても華やかで、ロジーナによく似合っていた。
彼女は目の前にいる数人の令嬢と話しながら、広げた扇を口元に寄せ、大輪の花のような笑顔を見せていた。
その場にいるだけで、周囲の視線を一身に集める。ロジーナにはそれほどの魅力があった。
(……誰がどう見ても、ディオネル殿下の隣に相応しいのは、ロジーナの方よね……)
そう。容姿や家柄で言えば、絶対にそうなのだ。
輝くような魅力を振りまくロジーナの姿を見て、今さらながらに萎縮してしまう。
今日の私は落ち着いたブルーのデイドレスに、小ぶりなサファイアのネックレスとイヤリングを身に着けている。ありふれた栗色の髪の私は、ロジーナの華やかさとは比較にもならない。
主催者の令嬢のもとへ行き挨拶を済ませると、私は覚悟を決め、ロジーナの方へと足を進めた。どんな顔をするだろう。睨みつけられ、無視されるだろうか。いや、筆頭公爵家の令嬢である彼女が、こんな場所でそのような振る舞いをするはずがないことは分かっているけれど……。
そんなことを考えながら近付いていくと、ふいにロジーナが、こちらを振り返った。思わず足が止まる。けれど彼女は私と目が合った瞬間、持っていた扇をそばのテーブルに置き、弾けるような笑顔を見せこちらに歩いてきた。
「アリス……! 会いたかったわ! 久しぶりね。このたびはディオネル王太子殿下とのご婚約、本当におめでとう」
ロジーナはよく通る声でそう言いながら目の前まで来ると、私を見つめ、両手をしっかりと握ってきた。
「……ええ。ありがとう、ロジーナ」
(よかった……。表向きはこれまでのロジーナと変わらないわ)
たった今までそこかしこで談笑していた令嬢たちの会話が止まり、全員の視線が一斉に私たちのもとへと集まる。
加護の力が全く成長していないとはいえ、筆頭公爵家の令嬢であり、ディオネル殿下が特別に可愛がっているロジーナと、殿下からの愛情はなさそうだが、加護の力が花開いた私。
社交界の大きな話題の一つだったであろう私たちの戦いに、ついに決着がついたのだ。今後この二人はどうなるのか。皆そう気になって仕方がないのが伝わってくる。間違いなく、これから交わす私とロジーナの会話は、すさまじい速さで社交界全体に広まるはずだ。
そんな周囲の視線を一身に浴びながら、ロジーナは私の手を握ったまま優しく言った。
「ふふ。やっぱりあなたには敵わないわね。私も両親も、あなたならばと納得しているのよ。アリスはきっと、素晴らしい王太子妃になるわ」
「ロジーナ……。ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しいわ」
予想外の温かな言葉にほっとした反面、戸惑いもあった。ロジーナは昔から、私といる時はわりと感情を表に出すタイプだったから。不機嫌な時や苛立っている時は、いつも顔に出ていた。もちろん、彼女なりに感情を隠す術を身に付けてきたのだろうけれど。
ロジーナは目を細め、慈愛に満ちた眼差しをこちらへと向ける。
「これからも変わらず、私たちは親友よ。今後は筆頭公爵家の娘として、両親とともに王家とあなたを支えていくわね。私の力添えが必要な時や、何か相談したいことがあったら、遠慮せずに連絡してね。分かった?」
「ええ、そうするわ。ありがとう、ロジーナ」
そう返すと、ロジーナはまるで女神のように美しく微笑んだ。
会話の成り行きを見守っていた周囲の令嬢たちから、感嘆のため息が漏れる。
主催者の令嬢がこちらへと歩み寄り、胸の前で両手を握り合わせた。
「素晴らしい友情でございますわ。ロジーナ様とアリスティーヌ様……。立場が変わられても、お二人の絆は変わらないのですね」
するとその言葉を受けたロジーナが、私の両手を強く握ったまま、彼女の方へと笑顔を向けた。
「ええ! もちろんよ。だって私とアリスは、生まれた時から特別な、二人だけの絆で結ばれていたのですもの。ともに稀有な力の種を宿して、王家に嫁ぐための長く過酷な教育を、励まし合いながら乗り越えてきましたの。最初から分かっていたわ。ディオネル殿下の隣の椅子は、一つしかないんだってことは。だからこそ、最大限の努力をしてきたの。それでも、もしもその椅子に座るのが大好きなアリスに決まった時は、心から祝福しようって、そう決めていたわ。だから今の私の心には、一点の曇りもないの。……本当におめでとう、アリス」
最後の一言だけを私の方に向き直り、ロジーナは潤んだ目でそう言ったのだった。
まるで演説のような彼女の言葉が終わると、令嬢たちは皆口々に賞賛の言葉を贈った。
「ロジーナ様……! なんと寛大で温かなお心なのでしょう」
「これが変革の力を宿してこの世に生を受けた、特別なお方の愛情なのですね……!」
「感動いたしました。私たちも安心して、お二人の友情を見守っていけますわ」
数人の令嬢は、ロジーナと同じく目に涙を浮かべている。場は私たちを、いや、華やかなロジーナを中心に、一気に沸き立った。
形容しがたい小さな違和感を抱きつつも、私はそれを押し殺し、皆に笑みを見せたのだった。
私と殿下の婚約を知らぬ人は、すでに社交界にいない。そして主催者の侯爵令嬢は、私ともロジーナとも親しい付き合いのある人だった。
この婚約が成立してから、ロジーナにはまだ一度も会えていなかった。正直、どんな言葉をかければいいのかも分からない。ディオネル殿下だけでなくロジーナの方も、殿下に想いを寄せていたのは明白だった。そして彼女の言葉の端々から、自分が殿下の婚約者に選ばれることを信じて疑っていないのも分かっていた。
グリダ公爵家のタウンハウスを訪れる勇気も出なかった。ロジーナだけではない。公爵夫妻だって、今は私の顔など見たくもないだろうと思ったのだ。もちろん表向きは、社交用の笑顔で出迎えられるに決まっているが。
けれど、この茶会にはきっとロジーナも招かれている。高位貴族家の令嬢が茶会を開く時に、ロジーナに声をかけないことなどあり得ないからだ。そしてロジーナも、令嬢たちの輪の中心となってお喋りを楽しむのが大好きな子だった。
侯爵邸に到着し、侍女から庭園へと案内される。今日はガーデンパーティーのようだ。すでに何人もの着飾った令嬢たちが、そこかしこで立ったまま談笑していた。その奥には、いくつかの丸テーブルが準備してある。
ロジーナの姿には、一目で気付いた。豊かに波打つ艶やかなピンクブロンドは、凝った編み込みのハーフアップに結われている。彼女の髪色とよく似た桃色の刺繍があしらわれたクリーム色のドレスはとても華やかで、ロジーナによく似合っていた。
彼女は目の前にいる数人の令嬢と話しながら、広げた扇を口元に寄せ、大輪の花のような笑顔を見せていた。
その場にいるだけで、周囲の視線を一身に集める。ロジーナにはそれほどの魅力があった。
(……誰がどう見ても、ディオネル殿下の隣に相応しいのは、ロジーナの方よね……)
そう。容姿や家柄で言えば、絶対にそうなのだ。
輝くような魅力を振りまくロジーナの姿を見て、今さらながらに萎縮してしまう。
今日の私は落ち着いたブルーのデイドレスに、小ぶりなサファイアのネックレスとイヤリングを身に着けている。ありふれた栗色の髪の私は、ロジーナの華やかさとは比較にもならない。
主催者の令嬢のもとへ行き挨拶を済ませると、私は覚悟を決め、ロジーナの方へと足を進めた。どんな顔をするだろう。睨みつけられ、無視されるだろうか。いや、筆頭公爵家の令嬢である彼女が、こんな場所でそのような振る舞いをするはずがないことは分かっているけれど……。
そんなことを考えながら近付いていくと、ふいにロジーナが、こちらを振り返った。思わず足が止まる。けれど彼女は私と目が合った瞬間、持っていた扇をそばのテーブルに置き、弾けるような笑顔を見せこちらに歩いてきた。
「アリス……! 会いたかったわ! 久しぶりね。このたびはディオネル王太子殿下とのご婚約、本当におめでとう」
ロジーナはよく通る声でそう言いながら目の前まで来ると、私を見つめ、両手をしっかりと握ってきた。
「……ええ。ありがとう、ロジーナ」
(よかった……。表向きはこれまでのロジーナと変わらないわ)
たった今までそこかしこで談笑していた令嬢たちの会話が止まり、全員の視線が一斉に私たちのもとへと集まる。
加護の力が全く成長していないとはいえ、筆頭公爵家の令嬢であり、ディオネル殿下が特別に可愛がっているロジーナと、殿下からの愛情はなさそうだが、加護の力が花開いた私。
社交界の大きな話題の一つだったであろう私たちの戦いに、ついに決着がついたのだ。今後この二人はどうなるのか。皆そう気になって仕方がないのが伝わってくる。間違いなく、これから交わす私とロジーナの会話は、すさまじい速さで社交界全体に広まるはずだ。
そんな周囲の視線を一身に浴びながら、ロジーナは私の手を握ったまま優しく言った。
「ふふ。やっぱりあなたには敵わないわね。私も両親も、あなたならばと納得しているのよ。アリスはきっと、素晴らしい王太子妃になるわ」
「ロジーナ……。ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しいわ」
予想外の温かな言葉にほっとした反面、戸惑いもあった。ロジーナは昔から、私といる時はわりと感情を表に出すタイプだったから。不機嫌な時や苛立っている時は、いつも顔に出ていた。もちろん、彼女なりに感情を隠す術を身に付けてきたのだろうけれど。
ロジーナは目を細め、慈愛に満ちた眼差しをこちらへと向ける。
「これからも変わらず、私たちは親友よ。今後は筆頭公爵家の娘として、両親とともに王家とあなたを支えていくわね。私の力添えが必要な時や、何か相談したいことがあったら、遠慮せずに連絡してね。分かった?」
「ええ、そうするわ。ありがとう、ロジーナ」
そう返すと、ロジーナはまるで女神のように美しく微笑んだ。
会話の成り行きを見守っていた周囲の令嬢たちから、感嘆のため息が漏れる。
主催者の令嬢がこちらへと歩み寄り、胸の前で両手を握り合わせた。
「素晴らしい友情でございますわ。ロジーナ様とアリスティーヌ様……。立場が変わられても、お二人の絆は変わらないのですね」
するとその言葉を受けたロジーナが、私の両手を強く握ったまま、彼女の方へと笑顔を向けた。
「ええ! もちろんよ。だって私とアリスは、生まれた時から特別な、二人だけの絆で結ばれていたのですもの。ともに稀有な力の種を宿して、王家に嫁ぐための長く過酷な教育を、励まし合いながら乗り越えてきましたの。最初から分かっていたわ。ディオネル殿下の隣の椅子は、一つしかないんだってことは。だからこそ、最大限の努力をしてきたの。それでも、もしもその椅子に座るのが大好きなアリスに決まった時は、心から祝福しようって、そう決めていたわ。だから今の私の心には、一点の曇りもないの。……本当におめでとう、アリス」
最後の一言だけを私の方に向き直り、ロジーナは潤んだ目でそう言ったのだった。
まるで演説のような彼女の言葉が終わると、令嬢たちは皆口々に賞賛の言葉を贈った。
「ロジーナ様……! なんと寛大で温かなお心なのでしょう」
「これが変革の力を宿してこの世に生を受けた、特別なお方の愛情なのですね……!」
「感動いたしました。私たちも安心して、お二人の友情を見守っていけますわ」
数人の令嬢は、ロジーナと同じく目に涙を浮かべている。場は私たちを、いや、華やかなロジーナを中心に、一気に沸き立った。
形容しがたい小さな違和感を抱きつつも、私はそれを押し殺し、皆に笑みを見せたのだった。