【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~
7.
ディオネル殿下との結婚から、およそ一年。私はひたすらに公務に邁進した。
この一年間、私と殿下は白い結婚を貫いていた。
彼は王太子宮の中でも、夫婦の寝室からはかなり離れた部屋で寝起きしているようで、相変わらず私に近付いてくることはなかった。
その事実は公にされることはなく、私たちのそばで働く者たちは皆、暗黙の了解として胸にしまっている様子だった。
王太子妃としての責務を、私は日々黙々とこなした。
朝は政務報告や、神殿から届く文書、各地から寄せられる陳情などに目を通し、公務の合間には勉強の時間を設けた。
王国史、法律、各領地の産業。国内の財政状況に、近隣諸国の情勢。幼い頃から学んできたそれらを忘れることがないよう、また、新しく上書きされた情報を見落とすことがないよう、何度も学び直した。
とりわけ先頃の、隣国オルセリエ王国の政変と王位交代については、周辺情勢への影響も含め重点的に確認していた。侵略戦争を繰り返していた小国オルセリエは、クーデターにより国王が処刑され、長年幽閉されていたその息子が新たに王位に就いたばかりだった。
また、公務の一環として、私は王国の各地へ視察にも赴くようになった。
養護施設や救護院、貧民区などへ繰り返し足を運び、改善の余地を見極めては、関係部署へと繋いでいく。
どこへ行っても多くの民たちから温かく歓迎され、私は彼らの幸せを常に心の中で祈りながら接した。
そんな中、相変わらず私を徹底的に嫌っているディオネル殿下は、どの公務も私と一緒にこなそうとはしてくれなかった。
顔を合わせる機会が少ないと、会った時に話しておかなければならないことがどんどん増えてくる。
私はわずかな機会を見つけては、殿下の自覚を促すべく声をかけた。
「殿下、備蓄庫の穀物量ですが、今の量では多少不安がございます。中央の備蓄庫には、最低でも半年分は確保しておくべきかと……」
「視察は定期的に行わなくてはなりません。殿下も私とともに行き、民の声を聞いてくださいませ。地方の民たちは……」
「国力が落ちると、他国に介入する隙を与えることになります。そうならないために、今私たちがなすべきことは……」
こんな風に声をかけるたびに、殿下は憎々しげに私を睨みつけ、距離をとった。
やがて、ディオネル殿下が私の陰口を言っているという話を耳にするようになった。
「あいつは自分が民に人気があることを鼻にかけた、勉強しかできない地味で嫌みな女だ。一緒にいてもつまらないうえに、小言ばかりで性格が悪い」
どんなに励もうとも、彼にとって私は、相変わらず邪魔な存在でしかないらしい。こちらは失望するほかなかった。
そんなディオネル殿下が真面目に公務を行うのは、外交絡みで円満な夫婦を演じる必要がある時や、国王陛下夫妻の目がある時だけ。けれど、それらの機会もだんだんと減ってきていた。
ここ数年で、国王陛下の体調が急激に悪くなっていたからだ。陛下は臥せっている日が多くなり、私たちと顔を合わせる機会は少なくなっていた。
私は時折国王陛下を見舞い、心労が多いであろう王妃陛下を支えるためにも、彼女の公務の際に補佐役を担った。
──そして、その日はついに訪れた。
国王陛下が、崩御なさったのだ。もともと抱えておられた胸の病が年齢とともに悪化し、王宮侍医たちの懸命な治療の甲斐もなく、ついに陛下はその生涯を閉じられた。
悲しみに暮れつつも王宮内が慌ただしく動く中、貴族や民たちへの通達がなされ、陛下の国葬が執り行われた。
息をつく暇もない日々の中、それからおよそ二週間後、ディオネル殿下の即位式が行われたのだった。
その即位に際し、前王妃陛下から私への、王妃の役割を譲渡する儀式が神殿で行われることになった。
前王妃陛下は、その世代で唯一加護の力の素地を持ってお生まれになった女性だった。グリダ公爵家の遠縁にあたる侯爵家の出身だ。
その加護の力は、前王妃陛下の献身的な働きと慈愛の心によって、大きく花開いたのだろう。周辺諸国ではこの数十年の間に、政変や侵略、領土争いが幾度も起きており、国境が引き直され、王家が入れ替わった国もある。その一方で、このエヴァンシア王国は平穏を保ち続けていた。前王妃陛下の加護の賜物であると、多くの人々が信じ、彼女を慕っていた。
私も前王妃陛下のように、この王国と民たちを守る、立派な王妃であらねば。そんな覚悟を今一度胸に秘め、私はその儀式に臨んだ。
神殿の奥、外からの光が差し込む儀式の間は、静謐に包まれていた。
壁際には神官たちが控え、ディオネル殿下と重臣たちも列をなし、私と前王妃陛下を見ている。その列には、内務大臣である私の父や、外務大臣であるロジーナの父、グリダ公爵の姿もあった。
祭壇の前に立ち私と向かい合った前王妃陛下は、神官長に促され、長く身に着けておられたペンダントをゆっくりと外した。
細い銀の鎖の先には、雫型の真紅の宝石。繊細な銀細工が、その宝石の周囲を蔦が絡むように縁取っている。
このペンダント自体に加護の力が宿っているわけでは、もちろんない。これは我が国の初代国王がその妃に贈られたという、エヴァンシア王妃のための装身具であり、身に着けた者が王妃としての務めを担う者であることを示す、ただの象徴だ。
けれどこれは建国以来長く続けられてきた、王家の大切な儀式にほかならなかった。
私は一歩前へ進むと、神官長の合図に従いその場に膝をつく。前王妃陛下はその細い腕を伸ばし、私の首にペンダントをかけてくださった。
「これより私は、王妃として民の前に立ち王国を導く役目を、アリスティーヌ・エヴァンシアに委ねます。……頼みましたよ、アリスティーヌ」
毅然とした中にも優しく響く、前王妃陛下のその言葉に、私は心を込めて答えた。
「謹んでお受けいたします。私が王妃として在る限り、その務めを全力で果たしてまいります」
両手を組み、頭を下げたまま、私はそう口にした。
自分の胸元で揺れるペンダントの輝きを見つめながら、私は覚悟を新たにしたのだった。
この一年間、私と殿下は白い結婚を貫いていた。
彼は王太子宮の中でも、夫婦の寝室からはかなり離れた部屋で寝起きしているようで、相変わらず私に近付いてくることはなかった。
その事実は公にされることはなく、私たちのそばで働く者たちは皆、暗黙の了解として胸にしまっている様子だった。
王太子妃としての責務を、私は日々黙々とこなした。
朝は政務報告や、神殿から届く文書、各地から寄せられる陳情などに目を通し、公務の合間には勉強の時間を設けた。
王国史、法律、各領地の産業。国内の財政状況に、近隣諸国の情勢。幼い頃から学んできたそれらを忘れることがないよう、また、新しく上書きされた情報を見落とすことがないよう、何度も学び直した。
とりわけ先頃の、隣国オルセリエ王国の政変と王位交代については、周辺情勢への影響も含め重点的に確認していた。侵略戦争を繰り返していた小国オルセリエは、クーデターにより国王が処刑され、長年幽閉されていたその息子が新たに王位に就いたばかりだった。
また、公務の一環として、私は王国の各地へ視察にも赴くようになった。
養護施設や救護院、貧民区などへ繰り返し足を運び、改善の余地を見極めては、関係部署へと繋いでいく。
どこへ行っても多くの民たちから温かく歓迎され、私は彼らの幸せを常に心の中で祈りながら接した。
そんな中、相変わらず私を徹底的に嫌っているディオネル殿下は、どの公務も私と一緒にこなそうとはしてくれなかった。
顔を合わせる機会が少ないと、会った時に話しておかなければならないことがどんどん増えてくる。
私はわずかな機会を見つけては、殿下の自覚を促すべく声をかけた。
「殿下、備蓄庫の穀物量ですが、今の量では多少不安がございます。中央の備蓄庫には、最低でも半年分は確保しておくべきかと……」
「視察は定期的に行わなくてはなりません。殿下も私とともに行き、民の声を聞いてくださいませ。地方の民たちは……」
「国力が落ちると、他国に介入する隙を与えることになります。そうならないために、今私たちがなすべきことは……」
こんな風に声をかけるたびに、殿下は憎々しげに私を睨みつけ、距離をとった。
やがて、ディオネル殿下が私の陰口を言っているという話を耳にするようになった。
「あいつは自分が民に人気があることを鼻にかけた、勉強しかできない地味で嫌みな女だ。一緒にいてもつまらないうえに、小言ばかりで性格が悪い」
どんなに励もうとも、彼にとって私は、相変わらず邪魔な存在でしかないらしい。こちらは失望するほかなかった。
そんなディオネル殿下が真面目に公務を行うのは、外交絡みで円満な夫婦を演じる必要がある時や、国王陛下夫妻の目がある時だけ。けれど、それらの機会もだんだんと減ってきていた。
ここ数年で、国王陛下の体調が急激に悪くなっていたからだ。陛下は臥せっている日が多くなり、私たちと顔を合わせる機会は少なくなっていた。
私は時折国王陛下を見舞い、心労が多いであろう王妃陛下を支えるためにも、彼女の公務の際に補佐役を担った。
──そして、その日はついに訪れた。
国王陛下が、崩御なさったのだ。もともと抱えておられた胸の病が年齢とともに悪化し、王宮侍医たちの懸命な治療の甲斐もなく、ついに陛下はその生涯を閉じられた。
悲しみに暮れつつも王宮内が慌ただしく動く中、貴族や民たちへの通達がなされ、陛下の国葬が執り行われた。
息をつく暇もない日々の中、それからおよそ二週間後、ディオネル殿下の即位式が行われたのだった。
その即位に際し、前王妃陛下から私への、王妃の役割を譲渡する儀式が神殿で行われることになった。
前王妃陛下は、その世代で唯一加護の力の素地を持ってお生まれになった女性だった。グリダ公爵家の遠縁にあたる侯爵家の出身だ。
その加護の力は、前王妃陛下の献身的な働きと慈愛の心によって、大きく花開いたのだろう。周辺諸国ではこの数十年の間に、政変や侵略、領土争いが幾度も起きており、国境が引き直され、王家が入れ替わった国もある。その一方で、このエヴァンシア王国は平穏を保ち続けていた。前王妃陛下の加護の賜物であると、多くの人々が信じ、彼女を慕っていた。
私も前王妃陛下のように、この王国と民たちを守る、立派な王妃であらねば。そんな覚悟を今一度胸に秘め、私はその儀式に臨んだ。
神殿の奥、外からの光が差し込む儀式の間は、静謐に包まれていた。
壁際には神官たちが控え、ディオネル殿下と重臣たちも列をなし、私と前王妃陛下を見ている。その列には、内務大臣である私の父や、外務大臣であるロジーナの父、グリダ公爵の姿もあった。
祭壇の前に立ち私と向かい合った前王妃陛下は、神官長に促され、長く身に着けておられたペンダントをゆっくりと外した。
細い銀の鎖の先には、雫型の真紅の宝石。繊細な銀細工が、その宝石の周囲を蔦が絡むように縁取っている。
このペンダント自体に加護の力が宿っているわけでは、もちろんない。これは我が国の初代国王がその妃に贈られたという、エヴァンシア王妃のための装身具であり、身に着けた者が王妃としての務めを担う者であることを示す、ただの象徴だ。
けれどこれは建国以来長く続けられてきた、王家の大切な儀式にほかならなかった。
私は一歩前へ進むと、神官長の合図に従いその場に膝をつく。前王妃陛下はその細い腕を伸ばし、私の首にペンダントをかけてくださった。
「これより私は、王妃として民の前に立ち王国を導く役目を、アリスティーヌ・エヴァンシアに委ねます。……頼みましたよ、アリスティーヌ」
毅然とした中にも優しく響く、前王妃陛下のその言葉に、私は心を込めて答えた。
「謹んでお受けいたします。私が王妃として在る限り、その務めを全力で果たしてまいります」
両手を組み、頭を下げたまま、私はそう口にした。
自分の胸元で揺れるペンダントの輝きを見つめながら、私は覚悟を新たにしたのだった。