【第2部】 エモパレ ~舞踏会編~ ―偽装夫婦になった私が、オジさま副局長に本当に選ばれるまで―

第66話 いざ、男爵邸舞踏会へ!



 中小貴族が広い敷地を求めてやってくる、街外れの丘陵地帯。
 中央から少し離れたその一帯には、いくつもの貴族の屋敷が点在している。

 なだらかな丘の上に一軒、坂道を登った先にある、木立を背負った大きな館。 

 邸宅の前には、すでに多くの馬車が連なり、賑やかな夜会の始まりを思わせた。

 しかし丘の下から見上げれば、その館はまるで夜空の闇にぽつりと浮かぶ孤城にも見える。
 華やかな光をまといつつも、丘の上に一軒だけ立つその姿は、どこか周囲から切り離されて見えた。

 アルテノット邸とは、そんな場所だった。



―――――――



「はー、でっかいホールだねぇ」

 思わず感嘆の声が漏れた。

 見上げた天井は、首が痛くなるくらい高い。
 いくつも吊るされた魔石シャンデリアが、惜しげもなく煌々と輝いていた。

 二階の回廊は、まるで見下ろすように、コの字にホールを囲んでいた。

 真っ白い装飾柱と手すりが、厳かな雰囲気を際立たせていた。
 奥にある大階段が、一階と二階をゆるやかに繋いでいる。

 人も多い。

 話し声とグラスの触れる音が、吹き抜けの天井に反射して、思った以上の喧騒として聞こえた。

「……ハルネ」
「おっと。 ごめんなさいヴァルさま」

 ぽけーっと上を見上げていたあたしを注意するように、ヴァルさまが軽く肘でつついた。
 ……敵地なのに緊張感が足りなかった。

 真っ赤でまっさらな絨毯は、一歩足を踏み出すと、踵が沈んで足音が消えた。

「ふかふかすぎる。 想像よりも、うんと豪華……」
「……オルヴェリス公爵家の力も借りているのだろう」

 ふと、壁際に飲み物や軽食を自由に取れる一角があるのが見えた。

 エスタラン侯爵邸にも同じものがあった。
 それは良いのだけれど……

 素人目にも分かるのは、警備の兵士と、給仕の多さだ。
 物々しい……とまではいかないけど、招待客に対してかなり多い気がする。

「……入り口でこうしていても仕方がない。 中へ進もう、ハルネ」
「はい、ヴァルさま」

 右腕を差し出してくれるヴァルさま。

 あたしはそれに応じるように、左手を添えて、その腕に軽く絡ませる。

 少し前のエスタラン侯爵邸での入場を思い出す。

 あの時はドキドキとワクワクがあって、ヴァルさまに名前を呼ばれるたびに心臓が跳ねた。

 今も少し構えてしまう時はあるけれど、もうすっかり慣れたもんだ。
 名前を呼ばれたくらいじゃあ、もう動じないよ!

 左手のヴァルさまを見上げる。

 濃紺のタキシード。
 前回は黒よりだったけど、今回は青寄りでデザインも軍服にちょっと近い。

 手袋も銀灰色から真っ白な物へ変えて、胸ポケットの飾りではなく、ちゃんと身に着けている。
 軍服は強さの象徴みたいに思えて、なんだかいつも以上に力強く思えた。

 顔を見上げた時に目に入った喉仏に、心拍が速まった。

 くうぅぅ……


 やっぱり正装のヴァルさまはめちゃくちゃカッコイイっ……!


 すっかり慣れたなんてウソ。
 まだドキドキする……っ!

 昨日、無理やり抱かれたいなんて思っていた自分を、今更ながら全力で反省した。

 テンションが上がりすぎて、絡ませた腕に力が入った。

「……どうした?」
「あぁっ! なんでもないの! ほほほほ!」

 無駄に気を遣わせてしまった。

 どうも緊張感がない感じになってしまうのには理由がある。

 ……浮かれてるんだ、あたしは。

 また、ドレスで――正装で、こうやって妻(仮)として立てるのが嬉しいんだ!

 あたしのドレスは前回と同じ。
 シャンパンベージュのエンパイアドレス。

 ただし今回は、トリサちゃんと色々と話し合って手を加えてもらった。
 新しく多めにドレープを加えたり、裾に余裕を持たせたり。

 特に目立つのは、腰の片側、少し後ろに付いた大きなリボン。

 その結び目から、波打つドレープ飾りが裾へ流れるように垂れている。
 トリサちゃん渾身の可愛いアレンジだが、おかげで前よりさらにボリューミー。
 かえって丸みが目立って、もはや体型を誤魔化すどころじゃなくなった。

 うぐぐ……それはもう、仕方ない。 割り切ろう。

 もはやこれは正装ではない。

 あたしのバトルコスチュームなのだ。



―――――――



 ホールをきょろきょろと見渡していると、ヴァルさまが目配せをしてきた。

「……ハルネ。 もしも私が動けなくなった場合は、あそこへ向かえ」

 動けなくなるとか、縁起でもないことは言わないで欲しい。
 そっちを見ると、メイド姿のリオーネさんと、給仕姿のレルガさんの姿が確認できた。

 レルガさんはさすがの擬態能力だ。
 見事にモブに紛れている。

 一方リオーネさんは……艶やかな紫髪と長身美人の彼女は、明確に浮いていた。

「ちょっとヴァルさま。 ……リオーネさんだけ浮いてない?」

 そっと耳打ちする。

「……確かに、ひときわ背が高くはあるが……」

 でも、スンとしていて姿勢の良いリオーネさんは見ていてカッコイイ。
 あたしでは、ああはいかないと思う。

 ……いや、モブ感はあたしの方が上か?

「……今日は臨時雇いも多い。 任務にそれほど支障は無いだろう。 それよりも……」

 ヴァルさまの視線が、招かれた招待客の方に向いた。

「……何か、気付かないか?」
「え? 招待客? う~ん……」

 言われてもう一度、じっくりと見回してみる。

 あっちの人は軍服っぽいから軍の人かな?
 あの人のマーメイドドレス綺麗だな~……あたしには縁も所縁も無いドレス。
 後はあっちの方に令嬢がなんか固まってるのと……
 あ、また軍服の人だ…………ん?

 なんだか妙に体格の良い人が多いというか、立ち姿に隙が少ないというか。

「軍の人が多い?」
「……やはりそう思うか。 そうだ、軍の関係者が多い」
「偶然かもよ?」
「……かもしれん。 が、意図的な物を感じる。 ……それが何かは今は分からんが」

 ヴァルさまは顎に手を当て、考え込み始めた。

 あたしの方は、今度はエモパレを通してあらためて観察する。


――少なくとも、今いる人の中に、明確な悪意を持っている人はいなかった。


 何か企んでいるのなら、程度の差はあれど、必ず悪意の感情色が滲むはずだ。
 あるいは強い疚しさや、焦り。

 でも、そういう感情を持っている人は、今は視えなかった。

 警備も人数がちょっと多いわりに、緊張感もあるように思えない。

 今夜、確実に騒動が起こるなんて、今の様子を見ると全然考えられない。
 嵐の前の静けさ、と取る事もできるけれども……

「ねぇ、ヴァルさま。 本当に何か起きるのかな?」
「間違いない」

 ヴァルさまは、あたしの疑問に即答を返す。

「……会場内の警備は気が緩んでいる。 しかし正門の衛兵には独特の緊張感を感じた」
「緊張感?」
「ああ、もしかしたら館からは簡単には出られないかもしれん」
「えっ!?」

 ヴァルさまはレルガさんの方へ身体を向け、いくつかのハンドサインを出す。

 サインを受けたレルガさんは、軽く頷きを返し、テーブルの上のカトラリーを弄り始めた。

「何を伝えたの?」
「……いざとなれば強引に出入り口を突破できるように、と。 我々は武器を持ち込めないからな」

 そっか。
 招待客は正装だし、給仕やメイドもこれみよがしに武器を持ち込んだりは出来ないもんね。
 ……あたし以外は。

 確かめるように、ドレスの隠しポケットをぽんと叩いた。

「ヴァルさまは武器とか必要無いの?」
「……この程度の警備兵であれば、全員を相手にしても何も問題ない」

 それもすごすぎない?
 まぁ、ヴァルさまが鬼強いのは知ってるけども。

「私の懸念はただ一つ。 リセリーナがどう出るかだが…………っ!」

 言葉の途中で急にあたしを庇うように前に出るヴァルさま。
 その視線は、まるで敵でも見つけたかのように鋭く、強い圧を帯びていた。

 え? いったい何さ?

 視線を向けると、ご令嬢方が固まっている山が見えた。

 その中を抜け出すように、一人の青年貴族がこちらに歩いてくる。

 見た事がある。

 チャコールグレーの絢爛な正装に、アスコットタイ。
 淡い金髪で、親しみやすそうなイケメン……
 それでも生まれの気品を感じさせる……


「ハルネさん! また会えたね!」


 ルシアン・エスタラン侯爵令息だった。


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