【第2部】 エモパレ ~舞踏会編~ ―偽装夫婦になった私が、オジさま副局長に本当に選ばれるまで―

第44話 お針子トリサちゃん、そして琥珀のピアス


 トリサちゃんに抱きつかれたあたしは、どうしたらいいのか分からず、じっとその場に立ち尽くしていた。

 レルガさんの方を見ると、やれやれと言った仕草で、妹の行動をすでに諦めているようだ。

「あ~、一応それ、採寸してるんスよ」
「採寸……」

 ただ抱きついて、顔を擦りつけているようにしか見えないけれど……

「トリサの異能は超縫製と瞬間採寸。 ただくっついてるだけじゃないッス」

――甘えのベビーピンクの感情色に、ずいぶんと温かいのは感情温度なのか体温なのか。

 どう見ても、ただ抱きついているだけだった。

「あ、あの……トリサちゃん。 そろそろ離れてくれると……」
「ハルねーさんも抱きしめて」
「え? こ、こうかな? ぎゅぅーー」
「ほぎゅぅ~~~っ!!」
「ちょちょちょ! ハル姐さん! 強い! 強いッス!!」

 しまった、強すぎたか。

 こう見えて?あたしは、力はそこそこある。
 なぜなら香房では男手など無いので、必然的にあたしがその役を担っているからだ。

「ご、ごめんね?」 
「うご、ご…………や、やりおるのぅ、ハルねーさん……」

 息も絶え絶えなトリサちゃん。

「……でも、ばっちし。 把握したでござい」
「え?」

 そう言うや否や、トリサちゃんは衣装棚の奥の方へ行ってしまった。

「ど、どういう事?」
「トリサは、抱きつくだけでその人のサイズを全部分かってしまうんス」
「何それ面白い」
「事前にトリサには伝えてあったから、ハル姐さんに合うドレスを探しに行ったんスね」

 急に抱きしめろと言うもんだから何かと思ったけど。

 可愛かったし、まぁいっか。

「そういえばトリサちゃんとレルガさんって、顔立ちはあんまり似てないんだね?」
「ああ、異父兄妹ッスよ。 下街ではそんなに珍しくないッス」
「そうなんだ。 でもなんだか二人はとっても空気が似てるね?」

 人に対する距離感というか、懐っこさというか。
 スルっと距離を詰める雰囲気に、近しいものを感じる。

 あたしの言葉を聞いたレルガさんを、ふとエモパレで視てみると、

――驚きのシアンの感情色……そんなに驚く事かな?

「……初めて言われたッス。 トリサとオレでは髪色も違うし」

 つやつや烏羽色のおかっぱがとても似合うトリサちゃんと、少し癖っ毛がある茶髪のレルガさん。

「いやいや、似てるよ! トリサちゃんを見れば仲良いのは分かるしね」

 さっきチラっと見えた、トリサちゃんがレルガさんを見る感情色には覚えがある。

――呆れのバターイエロー。

 あたしも家でよく視る。

「兄を兄とも思っていないみたいで、小生意気ッスけどね」
「分かる! あたしもシャリエナにナメられまくりだよ。 妹ってのはみんなそうなのかしら?」
「……ヘヘ、それでも唯一の可愛い身内ッスけどね」

 レルガさんが妹を語る声は優しかった。

 あたしがシャリエナを語る時も、こんな感じなのかな?

「ところで、そのトリサちゃんは?」
「トリサなら戻ってきやしたよ、ほら」

 奥から色違いの二着のドレスを抱えて持ってきたトリサちゃん。

 背が低いから、すごい量の洗濯物を抱えてるようにも見える。

 一度ドレスをテーブルに置き、片方ずつ、あたしに合わせるようにドレスをあてがう。

「やっぱりこっちの色でございね」

 そう言ってトリサちゃんが選んだのは、薄いベージュのエンパイアドレス。

 ギリギリあたしでも入りそうな気はするが、多分入るってだけで、まともに動けないと思う。

「あ、あの、トリサちゃん、言いにくいんだけど、これはあたしに入らない……」
「おまかせでござい。 服を人に。 ハルねーさんに合わせるのがトリサのお仕事」

 そう言って、トリサちゃんはドレスを持ってテーブルに向かい、躊躇なくドレスの脇あたりにハサミを入れた。

「え~~っ!」
「ああ、大丈夫っス。 いつもの事なんで」

 大胆にハサミを入れたと思ったが、よく見たら縫い目部分だった。

 いつの間に持ってきたのか、大量の布類。
 その中から同系統の布を取り出し、恐ろしい速さで縫い合わせていく。

「バストと腰だけで調整は十分でございね」

 ズドドドドという音が聞こえてきそうな程、精密且つ力強い縫製術。

 ミシンより早いんじゃないかってくらいの速度で、縫い合わせていく。

「すっごい」
「いつ見てもキモいっスよね?」
「黙れ兄」

 トリサちゃんがいれば、色々出来るんじゃないか?と、あたしの商売脳が疼く。

 香房にだって使える。

 カップや茶葉を入れる専用ポーチを作ったり、可愛い布巾もデザインしたい。
 ラッピング用の布だって綺麗な物をその場で作れちゃったり。
 香房武器だって新しいのが作れるかも……

「いいなぁ、トリサちゃん。 香房に欲しい~」
「……あげないッスよ?」
「でも、これだけすごい異能なら、服屋さんでも始めればすぐにテッペン取れちゃうよ?」

 その時はあたしにコンサルさせて。

「超縫製はそんなに万能じゃないッス。 フルオーダーで二着も縫えば、疲労でヘロヘロッス」
「手と頭がぴきぴきしてくるでござい」

 そんなに都合の良いもんじゃなかった。

 あたしも、エモパレを使い過ぎた翌日は頭が痛くなる。

「はいはい、かんぺきのぺき。 調整は終わりでござーい」

 アレコレ話したりしている内に、もう作業が終わったらしい。

 異能ってすごい。

「あとはハルねーさんに合うようにデザイン加工。 これには少し時間がかかりんす」

 トリサちゃんが取り出したのは、先ほども使ったドレスの同系色のシルクっぽい布。

 それに、アレは……なんだっけ? 確か、オーガンジー?
 薄くて透明なシャリシャリの布生地だ。
 こっちの世界にもあったんだ。

 トリサちゃんは、先ほどの人間離れした縫製術は見せず、ドレスに様々な布を当ててはクリップのようなもので留めたりしていた。
 おそらく仕上がりのデザインを考えているんだろう。

 トリサちゃん、色彩やファッションセンスもあるんだ。

 ますます香房に欲しい……



―――――――



「ハァーイ! やってる?」
「あっ」
「リオ姐さん。 お疲れさまっス!」

 しばらくして、衣装室に入ってきたのは、リオーネさんだった。
 相変わらずの美人さん。

 ありがたい事に、リオーネさんに会っても、以前のように心が乱される事は無かった。

「レル坊が、ハルネちゃんを捕まえに行ったって聞いたから」
「こんにちわ、リオーネさん」
「ごめんね、ハルネちゃん。 ヴァルグレイの手落ちで……パーティー用のドレスを探してたんでしょう?」

 さすがリオーネさんだ。
 その程度はお見通しらしい……って、この有様をみれば想像はつくかな。

「めちゃくちゃ焦りました」
「悪いのはヴァルグレイだから安心して。 社交パーティーに~、なんて言われて、女性が最初に気にかけるのは、まずドレスよ。 まったくあの朴念仁が」

――リオーネさんの感情色に、苛立ちの色が見えた。 ガチ怒り気味?

 でもすいません、あたしもシャリエナに言われるまで気づきませんでした。

「……本来はそんなミスするヤツじゃないはずなんだけどね。 やっぱりハルネちゃんの事になると話が違うみたい、んふふ~」
「……え、えへへ」

 からかうような口調と感情色に、あたしは何て返せばいいのかちょっと言葉に詰まった。


「実はね……」

「……ハルネ嬢は来ているか?」


 リオーネさんが何かを言いかけたが、それを遮るように部屋に入って来たのはオジさまだった。

「オジさま!」

 今日も会えたことに安心する。
 今日も声を聞けたことに安心する。

「……ああ、ハルネ嬢。 今日も…………いや、すまなかったな。 昨日言うべきことを失念していた」
「早めに捕まえられて良かったッスよ」
「……レルガも、ご苦労だった。 任務の一環とはいえ、手間をかけたな」
「……あ、いえ」
「あら珍しい」

――レルガさんに、訝しみと嬉しさという黄茶の感情色が同時に灯った。

 変な感情……?
 リオーネさんの珍しいって言葉から察するに、労いの言葉をかけてくれた事が原因かな?

「……ハルネ嬢、少し話がある」

 オジさまがこちらに向き直り、改まった態度を取った。

「あ~、アタシ、いわゆるひとつの野暮用が~……トリちゃ~ん?」
「あ! オレも、別件の任務があるんで失礼するッス!」

 なんだかでっち上げたような用事で、慌てるように席を外す二人。

 ……気を遣われた気がする。

「……? まぁいい。 ハルネ嬢、コレを……」

 すぐさま用件を切り出してくるオジさま。
 らしいといえばらしいけど、なんだかせっかちだ。

 オジさまの手の中には、高級そうな小さな木箱があった。

 手渡された木箱を、そのまま開けてみる。
 すると……

「あ……コレって……」

 中に入っていたのは、琥珀のピアスだった。

 地金はゴールド。 フックの付いたティアドロップピアス。
 雫型の琥珀が、まるでオジさまの瞳を模したもののように見えた。


 キレイ……


「……今回の潜入任務では、私達は互いをパートナーとして扱う。 なので、同じ物を私も着ける」
「同じ物……」
「対のアクセサリーを身に付けていれば、まず関係を疑われる事は無いだろう」
「対……パートナー……」

 今更だが、そういう事なのだ。

 あらためてそれを意識させられているようで、だんだん顔が熱くなってくる。


 ……お揃い。


 嬉しいけど、恥ずかしくて、胸の高鳴りと不安が同時に灯った。

 まだ早いようで……でも早く着けてみたい気持ちもあって……

「……すまない」
「え? なにが?」
「……ピアスの事だ。 時間が足りず、キミに合うかの確認が取れなかった。 精一杯キミに似合うものを選んだつもりだ。 似合っていれば良いのだが」
「……っ!」

 不意打ちにドクンと胸が鳴った。

 それって……あたしの事を考えながら、選んでくれたってこと?
 あたしの顔を思い浮かべて……

 オジさまの視線がなんだかあたしの耳に向いている気がしてきた。

 い、今は見ないで欲しい。
 言い訳出来ないくらいに、真っ赤だろうから……

「……ハルネ嬢?」
「っ! おぅ、はい! ごめんなさい!」

 変な妄想のせいか、勢いでなぜか謝ってしまった。

「? ……まぁいい。 それと、キミが今している桜のピアスも、一時こちらで預かっておこう」
「え? あ、そっか。 じゃあ、お願いします」

 確かに。
 二つ付けるワケにもいかないもんね。

 桜のピアスを外し、オジさまに渡す。

「……ありがとう。 大切に保管しておく」

 オジさまは、自分のハンカチの中に大切そうに包んでくれた。

「私はまだ残っている仕事があるので、夕方までは戻れない。 あとはトリサとリオーネに任せておけば問題は無いはずだ」
「あ、はい。 じゃあ、また……」
「……ああ」

 部屋を出ようとするオジさまと目が合い、視線が絡んだ。

 あたしはもちろん名残惜しさから……

 オジさまの方は、あたしが心配だったのかな? ごめんね?


……………


 奥で何か話し合っているトリサちゃんとリオーネさんの元へ向かう。

「……あら? もう話は終わったの?」 
「はい! ピアスを貰いました!」
「ピアス? アイツ忙しいハズなのに、よくそんな物を用意する時間あったわね……」

 オジさま、やっぱり忙しいんだ。

「……むむぅ」

 トリサちゃんは、こちらを一瞥もせず、一心不乱にドレスと布類と向き合っている。

「もっとヴァルグレイと話せばよかったのに」
「オジさまも忙しそうだし……」
「ん~~……ハルネちゃんも遠慮する事ないのよ? アイツ、ほっといたらず~っと仕事してるんだから、ハルネちゃんと話す事の方がずっと大事よ」
「いやいや、そんな無茶言えないよ!」

 リオーネさんはさらっと言ってくれるが、あたしの気持ちとしてはオジさまの負担にはなりたくはない。

「こりゃ時間、かかりそうだわね……。 ところで、ハルネちゃんは、夜会向けのメイクなんてした事ないわよね?」
「もちろん、はい」

 そりゃそうだ。

「今回はアタシがやったげるわ。 アタシも貴族では無いけれど、いわゆるひとつの潜入任務でそういう所に出た事もあるし」
「…………今回も、リオーネさんがオジさまに同伴した方が良かったんじゃないですか?」

 迷いはあったが、結局あたしは、本音をリオーネさんにぶつけてしまう。

 もしも、他にふさわしい人がいるならば、あたしは……

「あ~、ダメなのよ。 アタシじゃ」
「え?」

 リオーネさんは、拗ねるような口調で言った。

「ヴァルグレイが女嫌いってのは知ってるでしょ? アタシもご多分に漏れず、性別で嫌われてるのよね。 部下としてはそうじゃないと信じたいけれど」
「オジさまが女嫌い? え? そうなの?」
「? あんれぇ~? ハルネちゃんだって、ヴァルグレイを見てれば、すぐに気付くでしょ……って、あっ……そういうコトね」
「え? 何がそういうコト?」

 オジさまは、ちょっと人嫌いの気はありそうだけど、とっても紳士的……よね?

「あ~、いいの、忘れて。 とにかく、この任務は、ハルネちゃんにしか出来ないって事だけ理解してくれればいいの!」
「う、うん、分かった」

 なんだか釈然としないけれど、とにかく!

 あたしにしか出来ないって言うのなら、答えは一つだ。

 あたしに出来る事を頑張るだけ!

「ハルネちゃんの役目は、ヴァルグレイの隣にいること。 ま、男爵を見つけるのはアイツが勝手にやるはずだし、大人しくしておけば危険な事も無い。 楽しんでくるといいわ」

 ふふふ、と笑顔で、こちらが気を楽に出来るような事を言ってくれる。


――感情色は、慈しみのエメラルドグリーン。


 リオーネさんのこの感情色は、本当に好き。

 最初に視たのは最悪な気分の時だったけど、この色に救われたのも間違いない。

「うん! 頑張ります!」
「うんうん、良い返事よ」
「はいなはいな。 かんぺきのぺき。 仕上がったでござい」

 リオーネさんと話している内に、トリサちゃんの作業も終わったようだ。

 見た感じ、ドレスにはかなりのパーツが足されている。


……………


 トリサちゃんに促され、ドレスに袖を通してみる。

 ……すっごい。

 あたしにはあんなに窮屈そうだったドレスが、むしろ動きやすいくらいにゆとりがあった。
 それでいてピッタリと、まるで誂えたように身体に馴染む。

 むむっ……やっぱりトリサちゃんはサフラン香房に欲しい人材だ。

「似合うでありんすよハルねーさん。 やっぱりトリサの仕事はかんぺきでござい。 むふふ」
「いいわね、ハルネちゃん。 とってもキレイよ」

 二人の真っ直ぐな誉め言葉が、素直に嬉しかった。

 うん!

 キレイなドレスも仕立ててもらって、気合が乗って来た!

 あたしだってぽっちゃりしてても、いちおう女性だもの!
 ステキなドレスを着られれば、それだけでテンションも上がるのさ!

 ……正直に言えば、まだ不安はある。

 油断すればすぐに「あたしなんかが」って劣等感が顔をのぞかせる。

 テーブルに置かれた小さな木箱。

 その中で、雫型の琥珀がきらりと揺れた。


 オジさまの瞳と同じ色の。


 キラキラで素敵な、琥珀のピアス。

 
 あたしは今夜、その色を身に着けて、オジさまの隣に立つ。


 待ってなさいよ! 舞踏会!



~ 第4章 ―完― ~

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