死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
第八章 心を開く日
嵯峨野邸での萬代一家とのひと悶着から、ひと月ほどが経った。
そして、食中毒で倒れたお義母様たちの体調は、今ではすっかりもとどおりになったようだ。
食中毒の一件、そして嵯峨野邸での出来事のあと、屋敷の空気は少しずつ変わり始めていた。
とはいえ、私に向けられる視線が一気に温かくなるわけもなく、まだどこかぎこちない距離感が続いている。
ある日の午後、私は縁側から中庭に降り、庭木の手入れをする庭師の様子を眺めていた。
すると、ふと女性の姿が視界に入り、誰なのかとそちらへ視線を向ける。
中庭の一角、クチナシの木のそばにしゃがみ込んでいたのは、千草さんだった。
彼女は蕾のひとつをじっと見つめていて、私の気配にはまだ気づいていないようだ。
「千草さん」
声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせてこちらを振り返った。
気まずそうに眉尻を下げて視線を泳がせる姿は、いつもの高慢な態度とは違う。
「……あ、お義姉様」
その呼び方に、私は内心驚いてしまった。
この家に嫁いでから今まで一度も、そんなふうに呼ばれたことはなかったから。
「身体はもう大丈夫ですか? あれから顔色も良さそうですけれど」
そう尋ねると、千草さんは膝の上でぎゅっと手を握りしめ、うつむいたまま黙り込んでしまった。
しばらくの沈黙のあと、彼女はようやく絞り出すように口を開く。
そして、食中毒で倒れたお義母様たちの体調は、今ではすっかりもとどおりになったようだ。
食中毒の一件、そして嵯峨野邸での出来事のあと、屋敷の空気は少しずつ変わり始めていた。
とはいえ、私に向けられる視線が一気に温かくなるわけもなく、まだどこかぎこちない距離感が続いている。
ある日の午後、私は縁側から中庭に降り、庭木の手入れをする庭師の様子を眺めていた。
すると、ふと女性の姿が視界に入り、誰なのかとそちらへ視線を向ける。
中庭の一角、クチナシの木のそばにしゃがみ込んでいたのは、千草さんだった。
彼女は蕾のひとつをじっと見つめていて、私の気配にはまだ気づいていないようだ。
「千草さん」
声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせてこちらを振り返った。
気まずそうに眉尻を下げて視線を泳がせる姿は、いつもの高慢な態度とは違う。
「……あ、お義姉様」
その呼び方に、私は内心驚いてしまった。
この家に嫁いでから今まで一度も、そんなふうに呼ばれたことはなかったから。
「身体はもう大丈夫ですか? あれから顔色も良さそうですけれど」
そう尋ねると、千草さんは膝の上でぎゅっと手を握りしめ、うつむいたまま黙り込んでしまった。
しばらくの沈黙のあと、彼女はようやく絞り出すように口を開く。