死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
「女はお見合いをして嫁いで、家庭に入るのが当たり前でしょう? でも私……本当は、天澤製薬でお兄様のお手伝いをするような‟職業婦人”っていうものに……少し憧れがあるの」

 そう言った瞬間、千草さんはハッと驚いた顔をして、あわてて両手で口を覆った。
 まるで、うっかり秘密を漏らしてしまったかのように。
 家を守りながら子育てをするだけでなく、外に出て働く‟職業婦人”と呼ばれる女性が、時代とともに増えつつある。
 彼女がそんな女性たちに憧れの気持ちを抱いていたなんて、まったく想像していなかった。

「ご、ごめんなさい。こんなこと、誰にも言ったことなかったのに……」
「隠さなくていいと思います」

 私は千草さんの手をそっと取り、にこりと微笑んだ。

「千草さんがそう思うのは、少しもおかしなことではありません。私だって、本当は父の跡を継いで医者になりたかった。叶わなかった夢ですけれど……。だからこそ、千草さんの気持ちは痛いほどわかります」

 千草さんの大きな瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
 これまでの意地悪な態度も、彼女なりの心の叫びだったのかもしれない。
 自分の本当の望みを口にできない苛立ちと嫉妬を、私にぶつけていただけなのだと、今になって気づいた。

< 109 / 151 >

この作品をシェア

pagetop