死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
「だ、旦那様……」
「少しだけ」

 彼はそうささやくと、悪戯っぽく目を細めた。千草さんは本に夢中で気づいていない。
 私は何も言えず、ただされるがままにその温もりを感じていた。
 宴席でのあの日、車の中で初めて手を握られたときよりも、今の触れ方はずっと自然だ。
 だけど、そのとき以上に胸がドキドキして仕方ない。

 やがて千草さんが本を数冊選び終え、私たちのほうへ駆け寄ってくると、篤志さんはさりげなく手を離した。
 名残惜しい。……そんなふうに感じている自分自身に驚いてしまう。

 帰り道、車に揺られながら、千草さんは購入した本を胸に抱いたままずっとニコニコしていて、とてもうれしそうだった。
 窓の外を流れる景色を眺めつつ、私は自分の手のひらに視線を落とす。
 まだそこに篤志さんの温もりが残っている気がして、思い出すだけで胸がきゅんとした。
 
 ◇◇◇
 
 翌日の夜のことだった。
 夕食を終え、自室で刺繍の続きをしていた私のもとに、女中があわてた様子で駆け込んできた。

「若奥様! 大変です! 鈴子様のお屋敷から使いの方が来られて、急病人が出たと……」

 鈴子さんの嫁ぎ先である井原家で、いったい何が起こったのだろう? 私は針を置いて立ち上がった。

 玄関先へ行ってみると、同じように女中から報告を受けたお義母様が、部屋からちょうど出てきたところだった。
 私は会釈をしつつ、そわそわとしながら待っていた若い男性のもとへ近寄った。
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