死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
 しばらくしたあと、私と篤志さんは天澤の屋敷へ戻ることにした。
 帰りの車内、緊張の糸が切れたせいか、私は急激な眠気に襲われた。瞼が重くなり、意識が次第に朦朧としていく。
 こんな場所でうたた寝なんてはしたない。
 だけど、起きていようと思うのに身体は正直で、抵抗などできなかった。
 気づけば私は隣に座る篤志さんの肩に、こてんと頭を預けてしまっていた。

「……すみません」

 ハッとして身体を起こそうとすると、大きな手で肩を抱き寄せられた。

「いい。そのまま眠っていろ」

 篤志さんの低い声が、耳もとで優しく響く。

「君はよくやってくれた。がんばったな」

 その言葉に、張り詰めていたものが一気にほどけていくのを感じた。
 抗うことをやめ、私はそのまま瞼を閉じて彼の肩に身を委ねる。

 乱れていた髪が頬にかかり、篤志さんがそれをそっと払ってくれた。
 ただそれだけなのに、触れられた場所から熱が広がっていく。
 だけど私は目を瞑ったまま、気づかないふりをした。

「……本当に、大したものだ」

 篤志さんがひとりごとのようにボソリとつぶやく。
 その声には、どことなく愛しさが含まれている気がした。
 
「琴乃を妻にできてよかった」

 その言葉を聞いた途端、胸がきゅんとして仕方なかった。
 彼は私が眠っていると思って、本音を漏らしたのかもしれない。
 だとしたら、起きていると気づかれるわけにはいかなくて、規則正しい彼の鼓動を感じながら、私はさらに強く目を閉じた。

 そうして、屋敷に着くまでの短い時間だったけれど、私は穏やかな眠りに落ちていった。

 ――彼がいてくれるなら、この先もきっと大丈夫。
 夢うつつの中、そんな想いだけが、静かに胸に満ちていった。
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