死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
 もしかしたら彼にとって私は、あくまで‟天澤家に新しい風を吹かせる存在”であって、一緒にいる意味はそれしかないのではないか、と。
 そんな考えが胸に広がりかけたとき、私はすぐさまそれを打ち消した。
 今、この場でそれを正面から尋ねる勇気はない。

「お義母様のお気持ちに寄り添っていけたら嬉しいです」
「……ありがとう」

 篤志さんは少し複雑そうな表情を浮かべたあと、それ以上は何も言わず、そっと私の頭を撫でた。
 その手のひらの温もりに、胸の奥のモヤモヤが少しだけ和らいでいく。
 だけど、完全に消えてなくなったわけではなかった。

 その夜、私はなかなか寝つけずにいた。
 布団に入っても、頭の中では篤志さんの言葉がぐるぐると巡っている。

『桐ケ谷先生の娘である君が、この家を変えてくれるんじゃないかと思っていた』

 それは、まぎれもなく篤志さんの本心だったのだろう。悪気がないのもわかっている。
 しかし、私は心のどこかで、違う言葉を望んでいたのかもしれない。

 結局私は眠ることをあきらめ、寝間着の肩の上に羽織を乗せ、静かに部屋を出た。
 屋敷の中はしんと静まり返っていて、廊下を歩く自分の足音だけが響いている。

 縁側から庭に降りると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。空にはぽっかりと満月が浮かんでいる。
 月明かりに照らされた庭は、昼間とは違って幻想的だ。
 私はそのまま石灯籠のそばに佇み、輝く月をぼんやりと見上げた。
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