死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
 彼の長い腕が伸びてきて、私の肩を抱き寄せた。
 その距離の近さに、心臓が跳ねるようにドキドキと高鳴り始める。

「労咳で家族を亡くした君を、この家に迎えたいと思ったのは事実だ。桐ケ谷先生に頼まれたから、というのもある。だが、俺はそれだけで今も琴乃のそばにいたいと思っているわけじゃない」

 篤志さんの低い声が耳もとで聞こえ、私の脳を震わせる。

「琴乃の笑顔を見ると安心する。誰かのために懸命になっている姿を見ると誇らしくなる。……琴乃自身が、俺にとってなくてはならない大切な存在になっているんだ」

 その温かい言葉の一つひとつが、ゆっくりと胸に染み込んでいく。
 肩を抱かれたまま、私は彼の胸板に頬を寄せ、身を委ねた。
 ふと見上げると、どちらからともなく顔と顔の距離が近づいていく。

 彼の吐息が顔にかかり、私は思わず目を閉じた。
 心臓は暴れ出しそうなほど激しく鼓動していて、目の前にいる彼にも聞こえてしまいそう。

 ――このまま唇同士が触れてしまうのだろうか。
 そんな予感に、身体の芯が熱くなる。
 だけど、彼は動きを止めて、私の額に自分の額をコツンと触れ合わせた。
 
「……今夜はこのくらいにしておこう」

 篤志さんは、どこか名残惜しそうにそう言って、少し身体を離した。
 なんとなくだけれど、理性を総動員して自分を抑えているように見える。
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