死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
「変に焦って、君を怖がらせたくない」

 私の中で残念だという気持ちと、そんなふうに大切にしてくれる彼への愛おしさが、同時に膨らんでいく。
 篤志さんは私の額に、そっと唇を落とした。
 それだけで、身体の奥から甘い痺れのようなものが広がって、力が抜けそうになる。
 彼の唇が触れた場所が、いつまでも熱を持ったままで、思わず自分の額に手をあててしまった。

「そろそろ戻ろう。冷えてきた」

 彼はそう言うと、名残惜しそうに私の身体から手を離して立ち上がった。
 差し出された手を取り、私も静かに腰を上げる。
 月明かりに照らされた廊下を、ふたりでゆっくりと歩きながら部屋へ戻る。
 繋いだ手のひらから伝わる体温が温かくて、いつまでもこの幸せが消えないでほしいと、私は心の中で密かに願っていた。

 ――この人のことを、もっと知りたい。
 ひとりの女性として、もっと想われたい。

 自室に戻って布団に入ってからも、私はしばらく眠ることができなかった。
 高鳴る鼓動を持て余しながら、月明かりの差し込む天井を、いつまでもぼんやりと見つめていた。

< 133 / 151 >

この作品をシェア

pagetop