死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
 思い返してみると、屋敷の台所から廊下を渡った先の醫院までお茶を運んだのは、一度や二度じゃない。
 そして当時の私は、天澤家の当主になった篤志さんに対して、失礼のないようにと気を張っていた記憶がある。
 あのときは、まさか自分の夫になる人だとは想像もしていなかったけれど。

「ある日、いつものように訪ねたとき……縁側で本を読んでいる琴乃を見かけたことがあった」
「え……」
「先生が患者を診察していて、それが終わるのを待っているあいだ、ふと目に入ったんだ。俺に見られているとは気づかず、真剣な顔で分厚い本をめくっていた琴乃の姿が、なぜかずっと頭から離れなかった」

 思いがけない告白を受けて、私は言葉を失った。
 縁側での読書は私の日常だったけれど、篤志さんに見られていたとは思いもしなかった。

「それからは訪ねるたびに、琴乃の姿を捜している自分がいた。お茶を出しにきたときの、少し緊張した仕草も、お父上に何か尋ねられて恥ずかしそうに答える表情も……気づけば目が離せなくなっていたんだ」

 篤志さんは自嘲するように、小さく笑った。
 醫院で顔を合わせたときの彼はいつも堂々としていたから、自分の思うように迷いなく物事を決めていく人だとばかり思っていた。
 だけど本当は、私が抱いていた‟合理的”な印象とは違っていたのかもしれない。

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