死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
 消毒液を撒き、飲みものを作り、女中たちに指示を出す。
 そうしながらも、心のどこかでずっと誰かの姿を探していた。

篤志(あつし)さん……)

 連絡したものの、彼はまだ会社から戻っていない。
 もし、彼が今ここにいてくれたら――。
 そう思うだけで、震えそうになる手にもう一度力が戻る気がした。

 弱音を吐いている場合ではない。
 彼が安心して仕事に打ち込めるのも、この家を守れているからこそなのだから。

 夜になり、義母たちの容態は一進一退を繰り返した。
 ようやく峠を越えたと医師が告げたときには、安堵して全身から力が抜けて崩れ落ちそうになった。
 そして、玄関のほうから聞き覚えのある足音が響いてきたのは、そのすぐあとのことだった。

琴乃(ことの)……大変だったな」

 振り返った先に篤志さんの姿を見つけた瞬間、緊張が解けていく。
 大きな手が、そっと私の肩を包み込んだ。
 その温もりに触れた途端、こらえていたはずのものが、堰を切ったように込み上げてくる。

 だけど、このときの私はまだ知らなかった。
 この一夜が、天澤家における私の居場所を、知らぬ間に変えてしまったことを。

 そして、この出来事をきっかけに、私に向けられる篤志さんの眼差しが明らかに変わることも――。
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