死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
「篤志、千草を泣かせないで。もういいじゃないの」
「何がいいんですか」

 やりすぎだと言わんばかりにお義母様が千草さんをかばっていたけれど、篤志さんは納得がいかずに反論していた。
 その隙に、千草さんが私たちに背を向けて走り去っていく。

「千草!」

 彼が呼び止めても、千草さんは振り返ることすらしなかった。こんなふうに叱られて、ふてくされているのだろう。
 やれやれと言わんばかりに、鈴子さんが後を追う。最後に残ったお義母様は私たちをきつく睨んだあと、自分の部屋へ戻っていった。

「琴乃、大丈夫か? 着物が(すす)だらけだ。待て。その手……」
 
 必死に火を消したせいで、両手の手の平が真っ赤になってふくれ始めていた。

「ちょっと……ヤケドしちゃいましたね」
「ちょっとじゃないだろう。急いで手当てしよう」

 彼は女中に救急箱を持ってくるよう言いつけたあと、ふたりで部屋に戻った。
 
「無茶をするな。こんなにヤケドして……痛いだろう」

 篤志さんは冷たい水に浸した手ぬぐいを硬く絞ると、私の手の平にそっと当てた。
 じわじわと走る痛みに私が顔をしかめると、彼も同じように眉をひそめる。
 大きな手でていねいに触れられるたび、なんともいえない落ち着かなさが胸の奥に広がっていく。誰かにこんなふうに世話をされるのは、いつ以来だろう。
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