死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
 彼の助言どおり、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。
 そして、彼を安心させるためににこりと微笑んでみせた。

 やがて車は速度を落とし、大きな石造りの正門をくぐり抜けた。
 敷地の芝生は美しく整えられていて、奥には見事な枝ぶりの松の木がある日本庭園が見える。
 
 立派な屋敷の前まで進んだところで、車がゆっくりと止まった。
 運転手がうやうやしくドアを開け、篤志さんが先に車を降りる。彼はすぐに振り返り、私をエスコートしてくれた。

「その着物、やはりよく似合ってるな」
「ありがとうございます」

 視線を上下させながら、彼が満足そうな笑みをたたえた。
 あらためて褒められると恥ずかしくなって、顔が熱くなってくる。

「さあ、行こうか」
「はい……」

 お屋敷に近づくと、開け放たれた玄関の奥からは、すでに集まっている名士や華族たちの話し声、グラスの触れ合う音がかすかに漏れ聞こえていた。

(篤志さんの妻として恥ずかしくない振る舞いをしなければ……)

 背筋にピンと冷たい緊張が走る。
 押し寄せてくる気後れを必死に抑え込みながら、私は篤志さんのエスコートで嵯峨野伯爵邸の奥へと静かに歩みを進めた。
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