死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
 大広間に入ると、その中央でひときわ大きな存在感を放つ男女の姿が目に飛び込んできた。
 上等な燕尾服を身に着け、髭を蓄えた男性――彼こそが、この大邸宅の主であり嵯峨野物産を率いる、嵯峨野忠興伯爵だった。
 その隣には、西陣織の黒留袖を纏った奥様が静かに微笑んでいる。

「嵯峨野様、本日はお招きいただき光栄に存じます」

 篤志さんは堂々とした足取りで歩み寄ると、美しい所作で深く一礼した。
 その背中を追うようにして、私もふたりの前でそっと頭を下げる。

「これは天澤くん、よく来てくれたね。……おや、そちらが噂の」

 嵯峨野伯爵は値踏みするような素振りはなく、温かい表情で私を見つめた。

「はい。私の妻です」

 篤志さんは誇らしげに胸を張って私を紹介してくれた。
 私は一歩前に出ると、かつて父から厳しく仕込まれた良家の子女としての所作を思い出しながら、ていねいに頭を下げる。

「お初にお目にかかります。天澤篤志が妻、琴乃と申します。本日はこのような栄えある宴にお招きいただき、ありがとうございます」

 はたして彼の妻として合格点をもらえるだろうか。
 そんな不安から、顔がこわばりそうになり、心臓が再び激しく打ち始めた。

「……なるほど。上品で落ち着いた奥方だ」
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