死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
 おそるおそる顔を上げると、伯爵が興味深そうにこちらを見つめていて、その目に険しさはない。
 身構えていた分、私の肩からすっと力が抜けていくのがわかった。

「琴乃さんとは一度会いたいと思っていたんだよ。天澤くんが素晴らしい女性を娶ったと聞いていたからね」
「いえ、そんな……恐縮です」
「今日は存分に楽しんでいくといい」

 伯爵の温かい言葉に続いて、隣に立つ夫人が、優しく包み込むような視線を投げかけてくれた。
 
「見ていたんだけど、入ってきたときは少し緊張していらしたわよね? でも所作がとても綺麗でしたわ」
「天澤くんは果報者だな」
「本当に素敵な奥様ねぇ。何より、そのお召し物が本当によくお似合いだわ。紅梅色が白い肌をひときわ引き立てていて、天澤家の一員としての気品が満ちあふれていらっしゃる」

 嵯峨野夫妻から、こんなふうに認められるなんて思いもしなかった。
 篤志さんが私のために真剣に選んでくれたこの着物を褒められたことがうれしくて、自然と顔がほころんでくる。

「過分なお褒めのお言葉を賜り、ありがとうございます。ただ着物に助けられているばかりでございます」

 私は頬が熱くなるのを自覚しながら、胸の前で両手を控えめに重ね、身を縮めるようにして頭を下げた。
 その姿を見た嵯峨野夫妻は満足そうに笑うと、「それでは、またのちほど」と優雅に一礼して、他の招待客たちのもとへ歩いていった。
< 62 / 151 >

この作品をシェア

pagetop