死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
 うなずいて彼を見送ったものの、その大きな背中が人混みの向こうへ消えてしまうと、急に心細さが押し寄せてくる。
 大丈夫、篤志さんはすぐに戻ってくる。ホッと息を吐いて自分にそう言い聞かせた。

 なるべく目立たないように壁際へ寄ろうとした、そのときだった。

「素晴らしいお着物ですね。まるでこの大広間に、美しい大輪が咲いたようだ」

 すぐそばから話しかけられ、驚いた私はそちらへ顔を向けた。
 立っていたのは、育ちの良さをうかがわせる若い男性だった。どこかの令息だろう。
 整った顔立ちにやわらかな笑みを浮かべ、手にしたシャンパングラスを軽く傾けながら、真っすぐに私を見つめている。

 ひとりでいるときに声をかけられるとは思っていなかったため、私は完全に固まってしまった。
 こんなふうに見知らぬ男性に話しかけられるのは初めてだ。どう受け答えするのが正解なのか考えるけれど、頭が真っ白になって何も浮かんでこない。
 男性は私の困惑に気づいているのかどうかわからないが、徐々に距離を詰めてきた。

「遠くから拝見していました。お着物がよくお似合いだ」
「あ、あの……」
「私とあちらで少しお話ししませんか?」

 目の前の男性がさらに一歩距離を詰めようとした、その瞬間だった。

「失礼。彼女は私の妻ですが何か?」

 うしろから声が聞こえて振り返ると、戻ってきた篤志さんが私の前にすっと立ちはだかった。
 顔は見えないけれど、声はとても冷たく感じる。
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