死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
「お義母様、お水を飲んでください」
「い、要らないわ」
「そう言わず、少しだけでも。このまま放っておくことはできません」

 こんな状態になっているのに、私を拒絶する意思は固いようだ。胸の奥がちくりと痛むけれど、今は落ち込んでいる場合ではない。今回ばかりは黙って引き下がれない。
 私は、医師だった桐ケ谷時宗の娘だ。父はどんな患者にも、たとえどんなに邪険にされても、手を差し伸べることをやめなかった。
 今まで得た知識は、きっと家族を助ける力になる。

「お義姉様も」

 お義母様と同様に、鈴子さんにも水を飲ませる。彼女は抵抗せず素直に飲んでくれた。

「千草さん」

 最後に千草さんにも飲ませようと身体を起こすと、彼女は吐き気を催したようで口を押さえた。
 私はそばにあった小さな桶を渡し、背中をさする。

「我慢しないで全部吐いてください。出さないとダメです」

 吐き終わった千草さんは涙目になり、私の手もとをじっと見つめた。

「……ご、ごめんなさい」

 ふとそこを見ると、吐瀉物が飛び散ったようで、左手の甲にその一部が付着していた。
 彼女がそれを気にしていると気づき、私は苦笑いをしたあと首を小さく横に振る。
 本を燃やした件では、謝罪の言葉ひとつなかった千草さんが、今はこんなにも小さくなって私を見上げている。
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