死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
 夕刻、居間の前を通りかかったとき、お義母様と鉢合わせた。

「琴乃さん、顔色が優れないようだけれど大丈夫?」

 いつもよりいくぶん和らいだ声で尋ねられ、私はあわてて笑顔を取り繕う。

「はい、大丈夫です。少し考えごとをしていただけで……。ご心配ありがとうございます」

 お義母様は、それ以上尋ねてこなかった。
 だけどすでに何かを察しているような気がして、私は逃げるようにその場を離れてしまった。
 もしかしたら、街の噂はお義母様の耳にも届いているのかもしれない。そう考えただけで、いっそう気が重くなる。

 その夜の夕食の席で、私はどうしても上手く笑うことができなかった。
 箸の進みも遅く、会話も上の空になっていたのだろう。篤志さんが、そんな私の様子に気づかないはずがなかった。

「琴乃、今日はどうかしたのか。表情が暗いようだが?」

 食後、膳を下げたところで、篤志さんが心配そうに声をかけてくれた。
 彼のそんな優しさに触れた途端、胸の内に隠しておくつもりだった不安が、堰を切ったようにあふれ出してくる。

「……あの、旦那様」

 私はうつむいていた顔を上げ、真っすぐに彼を見つめた。

「私のことで、悪い噂が広まっているというのは……本当ですか?」

 彼の表情が、一瞬にしてこわばったのがわかった。その反応だけで、十分答えになっている。
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