死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
「嵯峨野様には、もう……」
「近いうちにこちらから伺って、しっかりと説明をするつもりだ。妙な噂が立ったせいで、要らぬ心配をかけているだろうからな」

 篤志さんはそう言うと、私の顔を覗き込んだ。
 彼の瞳には、私を信頼する真っすぐな光が宿っている。

「琴乃も一緒に来てくれるか?」
「はい。もちろんです」

 迷いなくうなずきながらも、私の心の中には不安がじわじわと広がっていた。
 このまま黙って篤志さんの陰に隠れているだけではダメだ。
 せめて胸を張ろう。どんな人の前でも、桐ケ谷の娘として恥じることなく振る舞いたいと、強く思った。

 その夜、床についてからもなかなか寝つくことができなかった。
 天井を見上げながら、嵯峨野様にどんな顔で挨拶をすればいいのか、何度も何度も考え続けた。

 ◇◇◇

 嵯峨野邸を訪れる日、私は朝に少しだけ時間をもらえるよう篤志さんにお願いし、早起きをして桐ケ谷家の墓所へ足を運んだ。
 墓石の前にしゃがみ、持ってきた花を供える。周囲の木々が風で優しく揺れる中、私は線香の煙が細く立ち上っていくのをしばらく見つめていた。
 
(お父様、お母様、千太。今日、これから嵯峨野様のお屋敷に伺います)
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