死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
「私はお医者様が来られるまでのあいだ、看病をしただけですので」
「あら、また謙遜なさって。琴乃さんは本当に謙虚な方ね」

 ウフフと笑う夫人の顔を見て恐縮しながらも、私は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
 噂に惑わされるような人ではないと言った彼の言葉どおりだったことに、心から安堵する。

「それにしても……」

 嵯峨野伯爵が、少し声を落として続けた。

「最近巷で流れている噂はひどいものだな。心配しなくても、私はそんな軽々しい話に耳を貸すつもりはないよ。先代からの長年の付き合いを、そんな根も葉もない噂ひとつで手放すほど薄情じゃない」

 その言葉を受け、篤志さんが深く頭を下げたのを見て、私もあわてて彼にならった。

「感謝いたします」
「礼などいらない。琴乃さんのようなしっかりした女性を妻に迎えられて、天澤くんは幸せ者だな」

 目の前でそんなふうに褒められるとは思っていなくて、恥ずかしくなった私は恐縮しながら顔を伏せた。

「そういえば……」

 伯爵夫人が、急に思い出したように付け加えた。

「再来月、恒例の秋の茶会を開くつもりなの。琴乃さんもぜひいらしてね。今度はゆっくりお話ししましょう」
「はい、ぜひうかがわせてください」

 そんなふうに誘ってもらえて、自然と笑みがこぼれた。
 噂なんかで人を遠ざけない嵯峨野伯爵夫妻の温かさと偉大さに、あらためて感銘を受けた。

 しばらく世間話に花を咲かせたあと、私たちは長居をしすぎないよう、早めにおいとますることにした。
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