死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
「今日はわざわざありがとう。天澤くんも、琴乃さんも、またいつでも顔を見せてくれ」

 温かい伯爵夫妻に見送られ、私たちは玄関先でもう一度ていねいに頭を下げた。
 あとは車に乗り込むだけ。そう思っていた、そのときだった。
 ちょうど正門のほうから、一台の車がゆっくりと敷地内に入ってくるのが見えた。

「あら、あちらは……」

 伯爵夫人が小さくつぶやいて見つめている視線の先をたどった。
 車から降りてきたのは、恰幅のいい中年の男性と、上品な着物姿の夫人、華やかな洋服に身を包んだ若い女性の三人だった。

「これはこれは嵯峨野伯爵様と奥方様」

 中年の男性はにこにこと微笑み、頭を下げながらこちらへ歩み寄ってくる。手にはていねいに包まれた進物の箱があった。

「萬代薬品の社長と奥方、その娘だ」

 篤志さんが私の耳もとに顔を寄せ、小さな声で教えてくれた。
 やって来たのは萬代平助(へいすけ)氏と、彼の妻子らしい。
 萬代薬品は、天澤の家で話に出ていた、例の競合会社だ。

「今日は珍しい菓子が手に入りましたので、ぜひ召し上がっていただきたくてお持ちいたしました」

 萬代社長がうやうやしく両手で進物の箱を差し出した。
 そんな態度を見て、篤志さんの表情がしだいにこわばっていく。
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