軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
凪は兄の遺影の前へ座り、静かに手を合わせた。線香の煙が揺らぎ、ゆらりと流れていく。
そっと目を開け、遺影の兄を見つめた。
「……兄様なら、どうしますか」
答えなど返ってはこない。
「声が……届いてくれたらいいのに」
胸の奥から、苦い塊が込み上げてくる。
ふと、棚に置かれた深緑の水筒に目が留まった。泥がこびりつき、無数の傷が刻まれた水筒。
(兄様が……最後まで身につけていた遺品)
「兄様は……最後に何を見たんだろう……」
そっと手を伸ばしかけ──はっと息を飲んだ。
(もし……見たくもない地獄の景色だったら……?)
かつて見た将臣の軍刀の傷──あの血生臭い光景が脳裏をよぎり、凪は恐怖で思わず手を引っ込めた。
すっと立ち上がり、逃げるように身体を翻す。
だが──。
(もし……ここに兄様の本当の遺言が残っているとしたら……?)
足が止まる。
(私に……何か伝えようとしていたら?)
凪の顔は青白く引きつっていた。浅い呼吸のまま、ゆっくりと水筒へ振り返る。
(怖い。……でも、読まなければならない!)
意を決して固く目を閉じ、その指先を深緑の水筒へとそっと重ねた。