軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
26話 傷を読むより、あなたの声を
少年が涙の潤んだ瞳で、将臣を見上げている。
膝には転んでできた痛々しい傷がある。白く化膿した傷口を、ちょうど洗浄し終えたところだった。
「傷口が化膿していますから、家でもよく洗ってください」
母親が申し訳なさそうに頭を下げる。
「先生。お薬はいただけますか」
将臣は手を止め、困ったように眉を下げた。
「すみません。お薬は……まだ用意がなくて」
「そうですか……」
母親が落胆して溜め息を吐いた、その時──医院の引き戸が開いた。
「次の患者さんは、お待ちくだ──」
言いかけた将臣の目が、その人物に釘付けになる。
「お薬なら、私が調合いたします」
そこには、片手に薬研、もう片手には薬を包んだ風呂敷を持った凪が、晴れやかな笑顔で立っていた。
「凪……」
言葉を失った将臣が、呆然と尋ねる。
「麒麟堂は……どうしたんだ?」
「父上が店に立っています。『余力が出てきたから、手伝ってこい』と」
驚く将臣から、凪は外で待つ大勢の患者たちへ視線を向けた。
「ここは、お一人では無理です。一緒に働かせてください」
「……しかし」
「患者様がお待ちです。薬の指示をください。安藤先生」
(先生──!)
その呼びかけに、将臣の顔が一瞬で引き締まった。
「では、傷口に使う軟膏を」
「はい!」
凪は薬研を卓に置き、素早く風呂敷を開いて調合を始めた。
その手際のよさに、将臣の表情がふっと解けて柔らかくなる。
「……頼んだ」
凪もまた、深く頷いた。