軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
初めて二人で座卓を向かい合って囲む。
卵と菜葉を入れた、塩味の素朴な雑炊。実家にいる頃によく作っていた手軽な食事だ。
(軍人様には、質素すぎたかしら……)
凪は一口食べて、上目でそっと将臣の顔色を伺う。
しかし、黙って匙を運ぶ将臣の眼差しは、思いのほか柔らかかった。
その姿に、凪の強ばっていた肩がすっと軽くなっていく。
その時、縁側のガラス戸をトントンと小さく叩く音が聞こえた。
将臣が一拍置いてから、「これは、いかん」とすぐさま立ち上がり、戸を開ける。
隙間から滑り込んできたのは、白、茶、黒の綺麗な三毛猫だった。
「みゃーん」と不満そうに将臣を見上げながら、低く鳴く。
将臣は戸を閉めながら、困ったように眉を下げた。
「すまんな。そう怒るな。今日から住まいが変わったんだ」
三毛猫は迷いなく居間へと歩を進めると、凪の目の前で足を止め、じっと見上げてきた。
「うわ……可愛い……」
凪も雑炊の手を止め、思わず見入ってしまう。
「綺麗な三毛猫ですね。何とおっしゃるお名前なのですか?」
「……結丸、だ。ただの迷い猫だったが、人と人を結ぶのが上手い奴でな」
聞いた瞬間、凪の胸の奥がきゅっと切なく痺れた。
(兄様と同じ『結い』……結菓子も、人と人を結ぶために作ったものだった)
凪の胸の奥がじんわりと熱くなる。不可思議な縁を感じながら、愛おしそうに結丸を見つめた。
将臣が再び座卓に着く。
すると結丸は将臣の真横に寄り添い、催促するように何度も鳴いた。前足でちょんちょんと将臣の腕をつつく。
(撫でて、とおねだりしているんだわ)
凪はその微笑ましい光景を静かに見守る。
将臣は少し居心地悪そうに、ひとつ咳払いをした。その視線は、結丸を一瞥しては明後日の方向へ逸らす。
痺れを切らした結丸が、そのまま将臣の膝の上へと乗り込んだ。途端に満足したように丸くなる。
凪は目を丸くした。
(結丸は、将臣様に抱かれるのが好きなのね……)
「いつも、結丸を大切にされているのですね」
凪が口元に手を添え、ふふっと微笑む。
普段はどこまでも硬派な将臣が、少しだけ参ったというような顔をした。けれどその手は手慣れていて、結丸のおでこを優しく撫でていた。
「夜は布団に入ってくる。今日はいつもの部屋にいないものだから、探したのだろう」
結丸は気持ちよさそうに目を細めている。
「まあ……一緒のお布団で寝られるのですね……」
(一緒のお布団……? あっ!)
頭の中で言葉が弾けた瞬間、凪の思考が真っ白になった。
(今夜は……初夜じゃないの!)
一気に顔へ血がのぼり、心臓が苦しいくらいに脈打ち始める。凪はごくりと生唾をのみ、慌てて俯いた。
「どうした?」
「……いいえ! なんでもありませんっ。ね、寝床の準備をいたします。その……それぞれの、お部屋に」
しどろもどろになる凪を見て、将臣は、はっと目を開いた。
(初夜のことか……)
顔を真っ赤にして縮こまる凪の無垢な姿。
愛おしさが込み上げ、将臣の手が吸い寄せられるように凪へ伸びかける。
だがその瞬間、将臣の脳裏を朔也の面影が掠めた。
(──まだ、だめだっ!)
将臣は伸ばしかけた指先を、痛いほど強く握りしめた。溢れ出そうになる情動を押し込め、じっと一点を見つめる。
その瞳の奥にわずかに差した影に、凪は恐る恐る首を傾げた。
「……将臣様?」
その時、
「──将臣様っ」
玄関の扉が開く音とともに、廊下から遠藤の緊迫した声が響いた。