軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜



 裏庭へ出ると、凪は辺りを見回した。塀際に群生している、縁が赤く染まった心臓形の葉へしゃがみ込む。
「これはドクダミです。匂いは強いですが、熱を持った痛みを和らげるんですよ」
「私も、お手伝いします」
 千代も隣へ腰を落とす。
 凪はそっと、その手首へ視線を送る。
「……その火傷」
 千代の肩がぴくりと震えた。
「一度治りかけた傷が、また開いています。熱いものを……また押しつけられましたか?」
 千代は答えず、唇をきゅっと噛む。
「……分かるんですか?」
「ええ」
(あの日、見てしまったから)

 しばらく沈黙が流れた。
 やがて千代は、諦めたように小さく口を開く。
「奉公先の旦那様が……失敗すると、火箸を……」
 声は震えていた。
「……仕方ないんです」
 一度言葉を切り、俯く。
「母だけは、生かしたいんですっ……」
 ぽつりと落ちたその言葉に、凪の胸が締めつけられた。
「母の薬代もありますし……私が働かないと、生きていけないんです」
(もう十分頑張っている。ただ、いる場所が間違っているだけ)
 凪はそっと千代の肩へ手を添えた。
 千代が驚いたように顔を上げる。
「麒麟堂薬舗へ来てみませんか」
「麒麟堂……あなたのお店ですか?」
 凪は静かに頷く。
「今、父の看病や店を手伝ってくださる方を探しているんです」
 千代の瞳が揺れた。
「それに……もう火傷を我慢しなくていい場所です」
 その一言で、千代の張りつめていたものが崩れた。
「……本当に、私が行ってもいいんですか?」
「働き者の千代さんなら、父もきっと喜びます」
 千代の瞳から涙があふれ落ちる。
「ありがとうございます……」
 袖で涙を拭うと、凪をまっすぐ見つめた。
「……行かせていただきます!」
 言葉を絞り出すように言って、何度も何度も頷く。
 凪は穏やかに微笑み、摘み取った薬草を胸に抱えた。
「戻りましょう。お母様の湿布を作らないと」
「はい!」
 返事をした千代の顔には、先ほどまでの怯えではなく、ようやく希望の色が差していた。


 戻ってきた二人の姿を見て、将臣はほんの少しだけ目を細めた。
 さっきまで曇っていた千代の表情が、嘘のように晴れていたからだ。
「急いで湿布を作りますね」
 凪は乳鉢にドクダミを入れ、丹念に擦り始める。
「匂いは強いですが、炎症を抑えるにはよく効くんですよ」
 青い葉は、やがて鮮やかな緑色のペーストへと変わっていく。
「まあ、ずいぶん強い匂いですね」
 母親が困ったように笑うと、
「でも、この匂いなら効きそうな気がするわ」
 そう続けて、千代もつられるように笑った。
 凪は薬を布へ丁寧にのばし、女性の背中へそっと当てる。
「少しひんやりしますよ」
 女性がほっと息をつく。
 その横顔には、将臣の屋敷へ来たばかりの頃の怯えはもうない。
 誰かを助けたい──ただ、その思いだけが真っすぐに宿っていた。
 将臣はそんな凪を静かに見つめる。
(凪は、人を救う力を持っている)




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