軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
最後の一針を結び終え、将臣は包帯を巻く。
「これで大丈夫でしょう」
張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。
男の妻がその場へ座り込み、何度も頭を下げる。
「ありがとうございました……先生、本当にありがとうございましたっ……!」
大工も青白い顔のまま笑った。
「先生のおかげで……腕は失わずに済んだ。ありがとう」
将臣は道具を静かに片づける。
「無理は禁物です。しばらく腕は使えません」
「はい」
「古い釘刺し傷で恐ろしいのは破傷風です。この後の熱や腫れには十分に注意してください」
部屋の端で息を整えていた凪が、静かに頭を下げる。
「処置の邪魔をしてしまいました。申し訳ございません」
指先がまだ、かすかに震えていた。
「いや。初めて見れば当然だ。気持ちの良い場面ではないのだから」
将臣は手際よく、器具を消毒していく。
「無理に慣れようとする必要はない」
「……はい」
将臣の声は淡々としているが、凪にはその不器用な言葉で胸の奥が軽くなった。
外へ出ると、近所の人たちが自然と集まっていた。
二人は目を丸くする。
「先生は命の恩人だな!」
「そうそう。軍のお医者様なのに、毎週こうして来てくださるんだから」
「本当は軍なんかじゃなく、この町のお医者様になってもらいたいよ」
次々と誰かがそう言うと、周囲も何度も頷いていた。
その言葉を聞いた将臣は、わずかに目を伏せる。ほんの一瞬だけ、胸の奥に何かを押し込めるように、小さく笑った。
「……買い被りすぎだ」
凪だけに届く、呟き声。
それはどこか寂しく聞こえた。
凪は将臣を囲む人々を見回した。
(皆がこんなに感謝しているというのに……)
再び、将臣を見つめる。
(どうして……そんなお顔をなさるのでしょう)
凪は胸の奥が静かに締めつけられた。